第29話 言葉が、見つからなかった

 その後、キリアンが連れて行ってくれたのは彼が普段使うようなお店だった。

 私たちが結婚した後の居住地については騎士団の方でいくつか提示してくれるらしいのだけれど、まだ選定が終わっていないらしい。

 なんでも、騎士爵を得たことで待遇が変わったことも大きいのだとか。


(まあ貴族と平民でそうした差が出るのは、仕方ないことなんだろうなあ)


 けれどそのおかげで比較的治安的に良いところに居を構えることになるみたいなので、それは良かったと胸の内で思う。


「いずれ候補がいくつか出てくると思う。その際にはフィリアに同行してもらって、決めたいと思っています」


「楽しみです」


「……結婚まで間近だというのに、本当にこちらの都合で申し訳ありません」


「いいえ。キリアンが騎士爵を得たのはすごいことですもの」


 私が女学校を卒業したら、結婚。

 それは婚約した時からの決まりごと。


 父は手に職をつけ、平民としての暮らしにも早く馴染めるようにと私に望んでいたから家庭教師ガヴァネスとしての箔をつけるためにも卒業は絶対条件だったのだ。

 私はそんなお父様に不満を抱いていたけれど……やっぱり今となっては親の言うことも聞いておくものだなと思っている。


 キリアンは決して私を蔑ろにしない。

 でも、彼に依存するだけが世界じゃない。


(……いつか、彼と私の間に子供ができた時、私は自分で稼いだお金で贈り物を買うわ)


 決してキリアンを軽んじているわけでも、彼が稼いでくれたお金をどうこう思うわけでもない。

 でもなんていうか、そうできたらいいなと漠然と思った。それだけ。


「……フィリア」


「はい、なんでしょう?」


「俺は今まで、貴女に何も告げず、蔑ろにしていたと思われていても仕方がないことをたくさんしました。……騎士爵を得れば、全てを解決できるとそればかり考えて」


「キリアン?」


「俺は騎士です。国に忠誠を誓っている以上、これからも仕事の都合で貴女との約束を守れなかったり、今日のように遅れてしまうこともあります。……貴女に、迷惑をかけることもあるかもしれない」


 彼はそっと私の手をとって、じっとその手を見ていた。

 大きな手は手袋に包まれていて、彼の肌の質感はわからなかったけれど――なんでか、少し震えているように見えた。


「謝っても償いにはならないし、優しい貴女の負担になるかもと思いました。ですが、許しを得たいのではなく……なんといえばいいのか、ずっと、わからないままですが」


 泣きそうな顔をしているキリアンに、私はただただ呆然とするばかり。

 いったい、どうして?


「俺を信じてもらえないのは、俺のせいだ。フィリア――それでも俺は貴女を妻にできることを幸福だと思っている。こんな俺に囚われて本当に申し訳ないと思っているんだ、でも……貴女のことを諦められない。だから」


 まるで祈るように。

 彼が私の手を持ち上げるようにして、額をつけて懇願するような声を出すのをただ見ているしかできなかった。


「だから、これから尽くさせてくれ」


 この日――私は彼に、何も返事ができなかった。

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