第25話 私と義姉と社交の世界

「キャサリン様!」


「ああ、フィリア。久しぶり! 相変わらず可愛らしいわ。元気だった?」


「ええ、ええ、私も家族もみんな元気ですわ。キャサリン様もお手紙で伺っていたけれど、お元気そうで何よりです」


「ふふふ、ワタシは元気が取り柄のようなものだから」


 久方ぶりに我が家に来てくれたのは、お兄様の婚約者で辺境伯家の三女であるキャサリン様。

 この国でも珍しい女性騎士だ。

 女性の兵士もチラホラ見かけるけれど、やはり体格や体力などの問題からなり手は少ないって私も聞いたことがある。

 

 ちなみにキャサリン様はその実力と美貌から王家に望まれた……なんて噂話もあるくらい美人だ。

 不思議なことにそんな美人で強いキャサリン様はうちのお兄様にベタ惚れなのよね……どうしてこんな素敵な人がって妹の目から見ても不思議だし、なんだったらお兄様が一番不思議そうにしているからこの世は謎で一杯だわ!


 そんな二人だけれど、本当は一昨年、結婚する予定だった。

 けれど辺境伯領と隣国との間に諍いがあった際、騎士として出ていたキャサリン様は怪我を負ってしまい……結婚式は延びに延びて、今年のどこか・・・でということに落ち着いている。


 諍い自体は小さい・・・ものだと国中に報されているけれど、実際は熾烈な戦いが繰り広げられたのだという。

 戦争にこそ至らなかったから良かったものの、変わらず隣国との関係はよくないもののようで……お父様が、外交で飛び回っていたことを思い出す。


(あくまで我が家はお偉方の手となり足となる程度の役職とはいえ、だからこそ心配だわ……)


 キャサリン様は怪我を気にアシュリー家へ嫁ぎ女主人としてすべきことを学ぶ予定だという話。

 今回も、その結婚式についての相談をあれこれするのだろうと思う。


 結婚するのが決まっていたとはいえ、予定が変わってしまったから……改めて準備をしなくてはならないし、お詫びの手紙もそこに追加で添えるのだと思う。

 当時も勿論、お詫び状を書いた。私も手伝ったからよく覚えている。


「それで、最近はどうかしら? アレンは真面目に仕事をしている?」


「お兄様も最近は文官として部下ができたらしく、忙しいと言いながら楽しそうですよ」


「そう。……フィリアはどう? 以前ワタシも一度だけ挨拶させてもらった、あの騎士とは上手くやれているのかしら?」


「……恥ずかしいわ。キャサリン様はあの頃の、恋に浮かれていた私をご存じだものね」


「あら、可愛らしくていいじゃない。キラキラして……ワタシは素敵だと思うけれど? 辺境であらぬ噂を耳にしていたから、心配していたの」


「……」


 ああ、やはり。そう思った。

 男性たちの社交とは違う、女性の社交。

 そこでの話はあっという間に広がりを見せる。


 勿論悪い意味でそれを利用する人もいるし、逆に噂を消すために噂を利用する……なんてことも、それこそ人脈のある貴婦人が一人いれば相当なことができるなんて貴族家では教わるのだ。

 そこで得た情報を家族や兄弟姉妹、婚約者のために役立てる。

 私たちのような、未婚世代で言えばどこの家のご令嬢が恋をした、だけでも話の種に繋がるのだから何一つ無駄にならないと思うと、少し怖い。


 我が家は可もなく不可もなし、そんな立ち位置の伯爵家。

 だからこそ大きな・・・話がないだけで、そういった噂話や社交での内容について、常に気を配るのは他の貴族家と何ら変わりない。


 そんな私は、きっと話題になりやすかったことだろう。

 キリアンを追いかけるのに夢中だった私は、社交を疎かにしていた自覚がある。

 いずれ平民になるし、キリアンが騎士爵を得た後も立場的にはそういったことから縁遠くなると思って後回しにした結果がこれだ。


(……本当に子供の浅知恵だったわよね)


 今ならわかる。

 私はもっと今のうちに・・・・・社交をして、味方を増やしておくべきだったのだ。

 私の母は私が赤ちゃんの時に亡くなっているから、そうした女性の・・・社交は私が担うべきだったのだ。


 だから、気づいた時には遅かった。

 可もなく不可もなしなアシュリー家は、目立った敵もいないがそれは同時に味方もいないってこと。


 キリアンという人気の騎士の婚約者の座を掠め取った凡庸な子というのが私に対する最初のやっかみで、そこからキリアンに他人行儀に接される可哀想な子、見向きもされない子、貴族だから、平民だから……。


 そうして行き着いたのが『お飾りの』だったのだろうと容易に推測できた。


「……キャサリン様、聞いてくださいますか……?」


 ずっと、学校の仲間には言えなかったこと。

 かといってキリアン寄りの父や兄、家族には相談できなかったこと。


 母がいれば……と思ったことは何度もあった。

 もし母が生きていても、相談できたかはわからないけれど。


「勿論よ! ワタシで良ければ喜んで。姉妹になるのだから、遠慮なんてしないで?」

 

 それでも今は、朗らかな笑みを浮かべるキャサリン様のその優しさに甘えたいと――私は自分の身に起こった出来事と、気持ちの変化について初めて誰かに吐露するのだった。

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