青年は違和感を覚える

 キリアンは幸せだ。

 お世辞にも器用とは言えない自分にあった職を早々に見つけることができただけでなく同僚や先輩方にも恵まれ、友人にも恵まれている。

 

 その上、一目惚れした、本来ならば手の届かない高嶺の花である女性との見合い話からとんとん拍子に婚約、そして結婚もできる。


 その幸運に胡座をかくことなく努力した結果、尊敬する父と同じ騎士爵を得るに至った。


 順風満帆。

 他者から見てその通りであると彼自身思うほどに、幸運が重なって今とても幸せだとキリアンは思うのだ。


 思うのだ、が。

 最近、少しだけそれに違和感を覚えるのだ。


 喩えるならば、衣服にほんの少し棘のある植物が引っかかって妙な気分にさせられるあの感覚のような……とにかく、本当に、本当にごくごく僅かな違和感だ。


「どう思う?」


「どう思うって聞かれてもなあ」


「だが……フィリアが、前と違う気がするんだ」


「でもお前たちは前より・・・上手くいっているんだろ?」


「そう、思うが……」


 キリアンの相談相手は、もっぱらアレンだった。

 アレンは友人であり、フィリアの兄ということもあって相談しやすい相手だ。

 その上で貴族令息であり嫡男であることから婚約者もいて、そういう意味でもキリアンにとっては相談しやすかった。


 フィリアに好かれるためにと店に赴いてはなんでもいいから一番高価なものを、なんて選び方をしていたキリアンを止めてくれたのもアレンだ。

 それはありがたいが、それでも『フィリアにはキリアンが破産するぞって教えておいた!』なんて言って彼女に心配をかけるような冗談は言わないでほしかったが。


 フィリアに相応しいものをと思ったところで貴族御用達の店に縁があったわけではないキリアンにとって、彼が知る中で女性に贈り物をするのに良さそうな・・・・・店に行っていただけでそこまで高額なものだったわけではない。

 なので、彼が破産する云々はまったくもってのデタラメだ。

 とはいえ確かにフィリアにとって心ばかりの・・・・・品に対しては少々過剰な返礼であったと今となっては反省している。

 反省はしているが後悔はしていない。

 なにせキリアンにとってみれば、フィリアに贈るものは毎回特別なものでないと彼の気が済まないのだから。


「どう変なんだよ?」


「変というか……笑ってくれるし、一緒に出かけもするが……なんて言えばいいんだろうな。前みたいに朗らかに笑うんじゃなくて、愛想笑いってわけじゃないんだがこう、遠慮がちっていうか」


「……そうかあ?」


 アレンの目から見れば、二人は順調に愛を育んでいるように見えるらしい。

 そう言われてもキリアンには不安が残るばかりだ。


 実兄として彼女のことをよく知る人物からそう言われても、まだ不安が拭えない自分に呆れつつもキリアンはこの不安を無視してはならないと直感が訴える。

 だが、どうしていいのかわからない。


 最近では言葉も自分なりに尽くし、大事に想っていること、幸せにしたい、そう告げているがフィリアはいつだって穏やかに微笑んで『ありがとうございます』と言うだけなのだ。


 勿論そこに喜びや照れといった良い感情も見つけられて、その度に彼の胸は高鳴るのだけれども……同時に、常に変わらない・・・・・凪いだ感情を見せつけられているようで、それが不安なのだ。


 彼の言葉に安堵して、揺るぐことのない感情がそこにあるならいい。

 だがそういうものとは違う何かであることを、彼は感じ取っていたのだ。


「……あー、じゃあ僕の婚約者に手伝ってもらおうか!」


 思い悩むキリアンに、アレンがぽんっと手を打った。

 まるで良いことを思いついたとでも言わんばかりに。


「……アレンの婚約者殿か。一度ご挨拶させてもらったきりだったと思うが」


「そうそう。なんせ彼女は地方住まいだからねー。でも明日っから王都に来るんだよ。そんでうちに泊まることになっているからさ。事情を話して、今度一緒に食事でもしよう」


「すまん」


 聞けばアレンの婚約者は幼い頃からの関係だけあって、フィリアとも気が合うのかまるで本当の姉妹のようであるらしい。

 キリアンは自分の気のせいならいいがと、アレンと別れてからも気を揉むのだった。

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