第24話 私に望まれているのは〝良い妻〟であること
いろいろと諦めがついてみれば、キリアンと私の関係は概ね良好になったと言える。
むしろキリアンは私の名前を呼べるようになったことがとても嬉しいらしく、しょっちゅう私の名前を呼ぶようになった。
これまで私のことを他人行儀に呼ぶ時には、いつも名前で呼びたいという気持ちが出てしまいそうになって自戒していたからだと説明されたけれど……どこまで本当なのかは、私にはわからない。
わからないけれど、そこについて詳しく聞いたところで彼に鬱陶しいと思われたら今後の関係がまた悪化するかもしれないので、そういうものとして受け止めることにした。
私に求められているのは、貞淑でよく尽くす〝妻〟というものだ。
両親が、キリアンに求めたのが『娘の良き夫』であるのと同じように。
それを忘れずにいれば、きっと私は幸せになれる。
貴族家に生まれた女性たちが、幼い頃から学んでいたことではないか。
(……私は、夢を見すぎたのよ)
そして自分でも驚くくらい、意固地になっていると思う。
キリアンは自分の力で私と隣に立つだけの身分を手に入れ、堂々と私の名前を呼べるようになってから……と努力を重ねてから私に打ち明けただけ。
それは彼なりに、
お金の問題や貴族的なことに不慣れなことを口にしなかったのも、言い訳めいたことをしたくなかったからだと言われたらそうなんだろうなとも思う。
でも、私は私で彼のために尽くしたいと思っていたし、恋心を隠しているつもりはなかったから好意はきっと彼にも伝わっていたはずなのだ。
だからたった一言で良かったのだ。
見合う身分を手に入れるから待っていてくれって、そう言ってくれたら良かったのになって。
(わかってる、これは私の勝手な考え)
お互いに口にしなきゃわからないことがたくさんあって、それは幼子だろうと大人だろうと同じこと。
性別や年齢の問題じゃない。
個人と個人がわかり合うのに言葉は要らないなんて詭弁だと思うもの。
「フィリア!」
「……キリアン。お仕事の帰りですか?」
「ああ。たまたま本屋の前を通ったら君の姿が見えたから……絵本か?」
「ええ。今日面接に伺ったお宅には小さなお子さんがいらっしゃって……今、巷で人気の絵本はどんなものがあるのか見ておきたくなったものだから」
「……そうか」
キリアンは、私が
特に何も言われているわけじゃないけど婚約者としての顔合わせの際も私が
まあ当時はキリアンもまだ騎士爵じゃなかったし、一般騎士も収入がいいとはいえ配偶者が働くことはよくある話だからあの時は伯爵令嬢が働くのかって驚かれたんだとばかり思っていた。
貴族ってだけで食べていけると思われがちなんだなあとあの時は私も驚いたっけ……。
「その、フィリア。良かったら俺に自宅まで送らせてもらえないだろうか」
「まあ……疲れているでしょうに、いいの?」
「ああ。むしろ是非頼む」
送ってもらうのは私なのに。
キリアンのこういうところが、好ましい。
好ましいと思うのに、それは私が妻となる人間だからで……今なら彼にも選ぶ権利があるのではなんて卑屈になってしまうこの気持ちはいったい何なのかしら。
誠実な婚約者と、恙なく結婚する。
自分の家族とは仲が良く、配偶者の家族も良い人ばかり。
手に職として
そう、一つもないのに私の心にはまるでぽっかり穴が空いているようだ。
「……ありがとう、キリアン。お言葉に甘えさせてもらうわ」
でもそれを不満として彼にぶつけてはいけない。
だって私は、〝良い妻〟にならなきゃいけないんだもの。
心の中のメモに、見つけたばかりの項目をキツく書き込んだ。
八つ目。
彼のことを立てて、いつだって助かっているという顔を忘れないこと。
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