青年は喜びを噛みしめる

 俺の婚約者は優しい。

 俺の失態を許し、名前呼びを許し、その上で婚約者として前向きに……むしろ俺に寄り添うような形で努力を重ねてくれている。


(今日だって俺のために弁当を作ってくれた……!!)


 俺の母親に習ったというパンに、新鮮な野菜や肉をふんだんに挟んだサンドイッチ。

 色合いも綺麗で量も多く、見た目だけじゃなく騎士である俺に配慮してくれたのだとわかる内容だった。


 それに加えて果実水も用意してくれて、休憩時間に合わせて来たかと思うと俺の同僚に挨拶をしつつ俺の傍で過ごし、そのまま邪魔になってはいけないからと時間になったらすぐに帰って行くあの後ろ姿といったら……。


 これまで彼女が訓練の際に応援に来てくれると言ってくれても、俺はずっと拒否してばかりだった。

 それは俺自身がまだ未熟者で格好良いところを見せられるか自信がなかったこともあったし、狭量さの現れでもあった。


 自分でも恥ずかしながら、俺以外にも騎士はたくさんいて……当然ながら見目良いやつもいれば、体格がいい、男らしい、そういった……なんというか、男がそれだけ多いんだから彼女の好みのタイプとやらがいたっておかしくはないなと思ってしまったのだ。


 平騎士なら誰でも良かったのなら、俺以外に好みの騎士がいたら?

 たまたま・・・・俺がアレンと友人になったことから選ばれただけで、彼女が別の男に恋心を抱いたら?


 疑っているわけじゃない。

 フィリアは俺に好意を寄せてくれていた。

 だからこそ、あの夜だって俺になら純潔を破られてもいいなんてことを言ってくれたのだ。


(……あれは、嬉しかった)


 ただ俺はフィリアを大事にしたいからこそ、あの夜は耐えたわけだけども。


 だから俺たちは両思い。

 けれど俺が口下手で不調法なせいで、フィリアには苦労をかけてばかりな気がする。

 結婚する前からこれでは思いやられるが、それでも何かしないわけにもいかない。


 幸いというか、フィリアがしっかり者なおかげで俺は救われている。

 プレゼントを贈るのも控えてくれと言ってきたのだって、きっと俺が自分の贈り物のセンスがなくて店員をいつも困らせているとアレンに聞いたからに違いない。

 それを傷つけることなく、気持ちだけで十分だなんて……ああ、彼女はなんて優しいのだろう!


 しかも伯爵令嬢である彼女が、俺が普段使うような店を利用したいと歩み寄ってくれた!

 勿論、彼女に相応しい、彼女好みのカフェやレストランにだって今の俺なら通えるけれど……それでもフィリアが俺との暮らしをきちんと見据えてくれているのだとわかるから、とても嬉しいことだった。


 俺は親父が騎士爵ということもあってそれなりに裕福な暮らしをしていたが、それでも両親は元々庶民として暮らしていた。

 親父はまあ、親父の父……つまり俺の祖父も騎士爵だったので今の俺と同じように裕福な暮らしをしているなという感覚だったと思う。

 けどおふくろは根っからの庶民だ。

 パン屋の娘として決して裕福ではない暮らしを送ったこともあると笑いながら聞かせてもらったこともある。


 そんな二人の下で育った俺も、基本的には平民と同じ感覚で生きてきた。

 まあ元々、騎士爵を得なかったら平民として生きていくことが決まっていたのだし、それで間違っちゃいなかったんだろう。


 そこに嫁いでくることになるフィリアには、きっと価値観の違いで驚きの連続になるんじゃないか。

 それが今の俺の不安だ。


「キリアンの婚約者、可愛かったな」


「本当になーっ、お前の友人の妹だっけ? あの文官の。上手いことやったよなあ、俺もあの文官と親しくしときゃ良かったぜ」


「ははっ、お前じゃ無理だろ!」


 訓練を再開して、それまで騎士たちに憧れる女の子たちに囲まれていた同僚がそんなことを言う。どの口が言ってんだ。

 さっきまでどこぞの商家のお嬢さんや、上司の娘さん相手にデレデレしてたくせに!


「……フィリアに余計なことを言ったり変なとこ見せるんじゃねえぞ」


「おーこわっ」


「そういう凶暴なとこ、婚約者さんに見られたらどうなんのかな~?」


「チッ……」


「舌打ちやめろよ!!」


 フィリア。俺にとっての女神。

 格好良く見せるのに精一杯で未熟な俺を許してくれる、優しい人。


(……甘えっぱなしからは卒業だ)


 働いて食わせるだけが男の甲斐性じゃないっておふくろが言っていた。

 俺にはまだそれがなんなのか、よくわかってない。

 だけど、なんとなく『その通りだよな』と感じることはある。


 歩み寄ってくれて、俺を許してくれるフィリアに何ができるのか。


(……また花を贈ったら迷惑だろうか)


 プレゼントはほどほどに、そう言われたけれど。

 本当に、心から、あれもこれも彼女に贈りたいと心が叫んでいるんだ。


 この気持ちをどうしたら、彼女に伝えられるのか……とりあえず俺を揶揄ってくる同僚たちにぶつけることで、昇華しようと心に決めるのだった。

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