第23話 溺れて壊れた自分の恋心を忘れたわけじゃない
一方的に私がキリアンを避けてもいいことが一つもないと悟った。
とはいえ以前のように連絡を取らず、贈り物も控えるという生活を送ってみるといろいろと時間に余裕ができて、私は自分の持てる時間を随分とキリアンに一人に向けていたのだなあと思い知ることになった。
別にそれが悪いことだとは思わない。
好きな人のために尽くす……尽くせる喜びっていうものがあると思うから。
(でも程度というか、限度ってものがあったわよね)
それこそ、私が結婚前で就職前の箱入り娘だからこそできたってだけの話。
もう大人として目されてもおかしくない年齢で恋に浮つくばかりで淑女として何一つなっていなかったのだと思うと、教育を受けていてもこれなんだから世の中って難しいわ……。
でもキリアンがずっと大人の対応をしてくれていたおかげで、私も一つ大人になれたのだと思うことにしている。
(恋愛関係は無理だったけれど、恋ができただけ私は幸せ者ね)
その上、叶わぬ恋のお相手が私の夫になるのだもの。
恋はできなくても愛は育んでいけることでしょう。
たとえそれが家族愛でも。
キリアンがこれまで贈り物や手紙にいい顔をしなかった理由は金銭的なものだったり、貴族的感覚についていけないのに加えて仕事を頑張っていたから。
それも伯爵令嬢である私に見合う男になるため……なんて言われたら、期待してしまう気持ちが生まれそうで怖い。
(……だめよ、私のことを最初から好ましいと思っていたらあの夜あんな風に断ったりなんてしないじゃない)
私が彼を恋うていることなんて、誰の目にも明らかだった。
だからあの日、あの夜、たとえ薬のせいであっても彼が私の純血を奪って誰がそれを咎めようか。
いや、道徳的にはよくないので騎士としても一人の大人としても、彼のとった行動は正しいと頭ではわかっているのだけれど……。
でもどうしても恋心に溺れて助けてほしかったあの日の私が、いつまでもいつまでも割れてしまった恋心の欠片を抱いたまま泣いているのだ。
その私がいる限り、期待なんて怖いことはもうできなかった。
私も彼と同じで『婚約者』として、節度ある行動で真摯に対応していくのが……きっと
「フィリア?」
「あら、お兄様。どうなさったの?」
「いや、お前が朝食も終わったのにキッチンにいるから」
「今日はキリアンが王城で訓練をしている日でしょう? だからお昼ご飯を持っていこうかと思って……」
「は? あいつお前が王城に来るのを許したのか?」
「お昼ご飯を届けるだけよ」
そう、お兄様が言っていた通り以前まではキリアンに断られたのよね。
私がいると集中できないって言われて……。
他のご令嬢たちは目当ての騎士に応援の声を送ったり、贈り物をしたりと……結構賑やかなのに。
中には私と婚約していることを知っていてもキリアンに贈り物をしたっていう人がいて、そういった話を茶会や女学校で耳にする度に彼女はよくてどうして私はだめなの? って落ち込んだものだわ。
彼女たちの大半が素敵な騎士に対してただ応援しているだけだって、ファンのようなものだってわかっているから表立って文句は言わないようにしていたけど、本当はいやだった。
それでも嫌われたくなくていい子のフリをして彼の言うとおりにしていたけれど……。
(まあ、それも正しかったのかも知れないわ)
嫌われてはいないけれど、言うなれば上司の娘みたいな婚約者が来ていたら気を遣うものね!
きっと前までの私だったら休憩時間はキリアンにべったりになって他の女性を牽制したりと面倒な子になっていたに違いないわ!!
今の私はちゃんとその辺りを弁えているから、お昼時を狙って行ってなんだったら騎士隊の誰かにお弁当を預けて去るつもりよ。
まあ周囲に問題ない関係であると見せることが必要だと思うから、直接渡せるのがベストでしょうけどね。
「マジか~……アイツもちょっとは寛容になったんだなあ~……」
「あら、キリアンは元々寛容でしょう? お兄様が教えてくださらなかったら私は今もキリアンに贈り物をずっと続けて困らせてしまっていたでしょうから」
「え? いや別に困っちゃいないだろう。まあちょっとばかり見栄張って散財するキリアンを見ていられなかったって言うか……」
「あらやだ、もう行かないと! ごめんなさいお兄様、お話はまた帰ってきてからでも?」
「ああ、いや大丈夫……って随分サンドイッチ作ったんだな? バスケットに入れなかった分はどうするんだよ」
「私の今日のお昼ご飯にするつもりよ。お兄様も召し上がるならどうぞ?」
キリアンにはできるだけ綺麗なのを食べてもらいたかったから頑張ったの。
誰が見てもちゃんとしたお弁当なら、キリアンも恥ずかしくないものね!
水筒には騎士の方々にも人気だという果実水をたっぷり入れたし、これで少しでもキリアンの私に対する評価が上がってくれたら嬉しいなあ。
少しでも、あの日の夜に壊れた恋心を直していけるように。
家族としての愛情で、あの日の私を慰めていけるように。
そう私は願って、バスケットをぎゅっと抱きしめるのだった。
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攻めているようで実は自分を守りがちなフィリアさん
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