青年は膝から崩れ落ちる
「かなり問題ね」
キャサリンがアシュリー家に逗留するようになって一週間が経過したところで、アレンとキリアンは彼女から状況を説明されることになった。
そして三人で昼食をと思ったところでそう切り出されてキリアンは口に含んだ水を吹き出すかと思った。
キリアンにとってキャサリンという人物について知ることは少ない。
殆どがアレンから聞いた話であり、一度挨拶をしたと言っても本当に挨拶をした。それだけだ。
キャサリンは真っ直ぐにキリアンを見て、それからアレンを見た。
その視線はお世辞にも好意的なものとは言えず、男二人で思わず姿勢を正したのは反射的なものだ。
たとえるならば、母親に叱られる前に思わず……と言ったところだろうか。
とはいえ、二人とも
キリアンは元々、フィリアに対して遠慮していたがゆえに言葉が足りなかったことを反省したが……許されているはずなのに違和感を覚えて、それがこれまでの行いによるものだということまでは理解している。
アレンはこの一週間、フィリアがキャサリンといろいろと言葉を交わし、笑みが増えたことに感じるものがあったのだ。
そんな男二人をじっとりとした視線で見つめたキャサリンは、深いため息を吐いた。
「……まあ、ワタシが二人を咎めるのはお門違いでしょう。詳しくは語りません、が、フィリアはもう妥協したの」
「妥協……?」
「ええ。妥協」
キャサリンはそう端的に告げるが、男たちは理解できずに顔を見合わせた。
詳しくは語ろうとしない彼女は、少しばかり考えてから言葉を紡ぐ。
「フィリアから教えてもらった彼女の気持ち、それらを語る口をワタシは持ちません。だってそれは彼女がワタシを信頼して打ち明けてくれたことですもの」
「それは……だけどあの子のことが僕らだって心配だから君にお願いしたんだろう?」
「ええ。ですから教えて差し上げたの。勿論、貴方たちだけが悪いとは思わないわ。でも、彼女は貴方たちよりも若く、未熟な少女でもあったのよ」
「……」
キャサリンのその言葉に、キリアンは何も言えない。
思い出すのは、キラキラした眼差しでキリアンを見上げ、全身で恋の喜びを表現していた愛らしいフィリアの姿だ。
未熟な少女。
その言葉に、キリアンはなんとも言えない不安を胸に抱く。
「フィリアにも落ち度はありました。貴族令嬢として、社交を疎かにした結果……物事をよく知らない平民女性が踊らされて、彼女を侮辱したんですってね」
「それは……」
「両家から苦情が出たという話はワタシも存じております。当然の報いですわね。でも、本来ならばそれを未然に防ぐ必要がありました。それはアシュリー家が率先してやらなければならなかったことよね? アレン」
「う、うん……」
「確かにフィリアは社交を疎かにしたわ。だけどアレン、貴方だって
「うっ……」
「おそらくご当主様は、そんな貴方たちのことも、フィリアのことも見ていたわよ」
キャサリンはそれだけ言うとぐいっとカップを呷る。
あまりにも漠然と、けれど多量の情報にアレンとキリアンは目を白黒させるばかりだ。
だが、責められているということは彼らにも理解できた。
「……ワタシも、茶会でフィリアの話を聞いた時にすぐにでも動けば良かったわ。否定するにもキリアン殿のことをよく知らないからと後手に回ったことを、今は後悔しているの。彼女には、信頼できる身内の味方が必要だったのに」
「キャサリン殿……」
「キリアン殿、覚えておいて。彼女は貴族令嬢で、確かに貴方は彼女に見合うだけの男にならなくちゃならなかった。でもそれは後でも良かったのよ」
フィリアの心を置いてけぼりにしていいことじゃなかったのよ。
そのキャサリンの言葉に、キリアンの心臓がドッと大きく跳ねた気がした。
妥協、置いてけぼり、不安、違和感。
それらがようやく結びついていく。
アレンはそんなキリアンに「おい、どうした?」と声をかけるものの――もう、キリアンには応える余裕がなかった。
「俺は――俺は、彼女に、見限られたのか」
「それとは少し違うわね。信頼を損ねたのよ。そもそもなかったのかもしれないけれど」
結婚はするのだから。
それはいつかキリアンがフィリアに向けて告げたもの。
だがそこには確かに、気持ちがあった。伝わっていない気持ちが。
そしてそれが今になって、キリアンに返ってきた。
伝えなかったがゆえに、伝わらないまま――結婚を取りやめる
夢を見てもいい年頃の彼女に、そうするのが最善だと判断させてしまったのだと気づいてしまった。
今更愛していると告げてなんになるだろう。伝わるはずもない。
なんて独り善がりだったのかと、他人に教えてもらわなければ気づかなかっただなんて。
キリアンはどうやって二人と別れ、自分の部屋に戻ったのかわからない。
わからないままに、膝をついて、ただ愕然とするのだった。
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