青年の努力 2
キリアンはぶすくれた顔で騎士団の寮にある自室に戻っていた。
次兄を頼りに実家に顔を出したはいいものの、なんの収穫も得られなかったからである。
『女性の機嫌を取りたいだあ? 褒めて褒めて褒め倒して贈り物をすりゃいいのさ! そうすりゃどんな女神様だって悪い気分にはならないだろ? それでも振り向いてくれなかったら? そんときゃ諦めて次の女神様に愛を乞う! これで決まり!!』
(……頼った俺が馬鹿だった)
兄の軽薄さは弟の自分が一番よくわかっていたはずなのにとキリアンは肩を落とすばかりである。
贈り物ならとっくに贈った。
といっても高価なプレゼントがいいとは思えなかったので、彼女が好むカフェの、彼女が食べてみたいと言っていたクッキーの詰め合わせに花束を添えた。
花言葉を調べて、彼女に似合う
貴族の令嬢たちは、花言葉一つにも気を遣うのだとフィリアが教えてくれたことだ。
キリアンにとってフィリアは太陽のような存在だ。
その姿が、存在がいなくては、夜の闇に飲まれるだけで未来が思い描けないほどに。
ならば言葉を尽くせと自分でも思うのだが、ここでいきなり愛の言葉を告げたところで胡散臭いのではないかとさすがに察している。
これまで彼女の名前を呼ぶのが恥ずかしかった、平民の自分は不釣り合いだったから格好つけていたなんて言って幻滅されたらそれどころじゃない。
いや今以上に悪くなることなんてあるのか?
結婚すれば挽回できるのか?
父親が何かやらかす度に母親にプレゼントを贈って『贈り物で誤魔化すな!』とぶん殴られていたことを思えば、自分がやったことは良策とは思えない。
それでもキリアンにはまずそのくらいしか思いつかなかったのである。
(次はどうする? どうすればいい!?)
やはり彼女に名前を呼ぶ許可をもらい、少しずつで良いから自分の気持ちを打ち明けて、幻滅されるならされるで挽回するためにできることをやっていくしかない。
結婚はする、そう少なくともフィリアは言ってくれていたではないか。
「……フィリア」
試しに誰もいない部屋で、周りに気をつけながら小さく彼女の名前を口にしてみる。
それだけでカッと体が熱くなり、恥ずかしさからキリアンは己の顔を手で覆う。
どこの乙女だ、どこの子供だと彼自身呆れるばかりだが、彼にとっては勇気の必要なことなのだ。
手が届くはずのない女神を現世に引きずり落とすが如く不敬な振る舞いにすら思えるなどと考えているのだから重症である。
「……そうだ、演劇のチケット」
フィリアが見たいけれど人気がすごくてチケットが全く取れないと嘆いていたそれを、上司の伝手でなんとか手に入れたのだ。
その間、あれやこれやと業務を手伝わされてとんでもなく疲れたが……それでもフィリアが喜んでくれるならこの程度のこととキリアンは胸ポケットに入れたチケットを手に思案する。
(手紙をくれるなと彼女は送ってきたが、それでもチケットが無駄になると言えば来てくれるよな……?)
いやそれはずるい考えか。
そうキリアンは自分の考えに緩く首を振り、机に向かう。
チケットは二枚とも封筒に入れることにした。
彼女が自分と一緒に行きたくないと言えば、それに従おうと心に決める。
(それでも、彼女と結婚するのは俺だ)
これまでフィリアに歩み寄ってもらってばかりだったことに甘えていた。
それを自覚していながら放置して、年下の彼女に負担をかけていたのだと思うと心苦しくあるし、挽回するにもどうしたらいいのかさっぱりわからない自分は本当に愚かだなと苦笑するしかできない。
だがもし、彼女が共に演劇を観ても良いと思ってくれるなら……その時は、僅かで良いから話を聞いてもらいたいと願いを込めて、一文字一文字、丁寧に書いたのだった。
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ストックがなくなったので10月22日からの更新は18時のみとなります
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