青年の努力 1
(拒絶された)
言葉柔らかく、フィリアがキリアンを拒絶した。
それはさすがの彼も理解していた。
あの日、あの庭園でキリアンは彼女に謝罪をしようと思っていた。
フィリアがキリアンを避け始めたのは、あの夜会の一件以来だ。
勿論、あんな濃密な時間を過ごしたのは二人にとって初めてのことで、何よりも貞節を重んじる貴族令嬢にとって恥以外の何物でもないことをキリアンとて知っている。
だからこそ最後まで触れることはなかったし、婚約者として彼女の傍を決して離れなかった。
あの日のことは触れず、彼女には変わらず接してきた。
だが、フィリアにはどうにも顔が合わせづらかったに違いない。なにせ彼女は繊細だから。
しかしながら避けられるのはキリアンが耐えられない。
だって彼女のことを愛しているのだ。
だから謝りたかった。
(あの日、きっと俺は……表向き紳士のように振る舞っても、ギラついた目で彼女を見ていたに違いない)
彼女は最後までと求めてくれたが、それも薬のせいだ。
熱に浮かされて求めたことをきっと後悔していたに違いない。
それどころか思い出して恥じらうだけならまだいいが、キリアンが欲望に耐える凶暴な表情を隠しきれなかったせいで彼女を怯えさせてしまった可能性だってあるのだ。
なるべく平静を装ったが、あの時耐えられたのが奇跡だと今でもキリアンは思っている。
それほどまでにあの時のフィリアは美しく凄艶な色気を放っていたのだ。
いずれは薬などではなく、自分の手で花開かせたい……などと思っていたのは墓まで持っていく秘密である。
しかしながら、その謝罪をする前にフィリアに逆に謝罪をされ、あれこれと理由をつけて距離を置かれてしまったのだ。
別に彼女が稼がなくとも二人で暮らして行くには十分な稼ぎがキリアンにはあった。
彼女に釣り合う人間になろうとがむしゃらに頑張った結果、上司に認められて昇進が決まったのだ。
ちょうど結婚するほんの少し前には、役職持ちとして給料も上がるし部下も持つ、責任ある立場を任されることになっている。
だからフィリアには家のことだけ専念してもらっても構わなかった。
それでも彼女が親戚の伝手で面接を受けること、その家の子供たちにあれこれ教えてあげられることが嬉しいと言っていたことを思えば『
(彼女はきっと、子供たちに教えることを前々から夢見ていたのだろうから)
キリアンは自由に未来を描いて楽しげに語る彼女の、その翼を折ってまで閉じ込めたいわけじゃないのだ。
自分のために時間を使う、だからキリアンにもそうしてもらって構わない。
そうフィリアは言っていた。
追いかけ回して済まなかったとも。
(逆だ!)
自分がフィリアに追いつきたくて、彼女の好きなものを知りたかったし彼女が語る全てに耳を傾けたかったし、彼女が望む場所へ連れて行きたかった。
全てキリアンが望んでのことだ。
だから彼女に求められることが、何よりも嬉しかった。
しかしながら彼はそのことについて彼女に伝えていなかったことをここに来て思い知る。
「俺は何をしているんだ……」
そもそも彼自身、
必死に取り繕ったところで、結局彼女が望むようにすれば嫌われないだろうという甘えがこの状況を作り出したことはわかっている。
わかっている、が……。
(どうしたらいいんだ!?)
キリアンはとりあえず、身近に相談できる相手を思い浮かべて次兄の元へと走ったのだった。
次兄は恋愛が趣味という、これまで理解できない思考の持ち主だったが――今だけは頼りになるに違いないと信じて。
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