第15話 何かが変わってしまった私
ドキドキとしながら、着飾った。
だって演劇場に行くのだ。
観劇は貴族の嗜みとも言われ、娯楽であると同時に一種の社交場としての役割もある。
そのため人気の演目を観ることができたというのも一つのステータスであったし、そこにどのような装いで来るのか、誰と一緒であったのか……そういったことで財力や交友関係を知れる場でもある。
キリアンはそういった場は余り好きじゃない。
そもそも、演劇も何が楽しいのかきっとわかっていない。
でも私が誘ったら、断ったことなんてなかった。
いやあったにはあったけど、それはあくまで仕事の都合で、その後になって別の演目で改めて誘ってもらったことがあったから……そういう意味では
(……そういう、真面目なところが好きなのよね)
そう、好きだ。
私はキリアンのことを出会った時に素敵な人と思い、知れば知るほど好きになって……今も好き。
だけど、何故だろう?
ほんの少しだけ、前とは違うように思うのだ。
キラキラと綺麗なドレスを用意して、これまで彼が贈ってくれたアクセサリーを身につけて、可愛いねって褒めてもらえるように貴族令嬢として恥ずかしくない格好をして。
キリアンが来てくれるって思うと、ドキドキした。
今だってドキドキしている。
でも……前ほどじゃ、ない気がする。
(変わらずキリアンのことが好き。彼に幸せになってもらいたい。じゃあ、どうして前みたいに待っているこの時間が楽しくないのかしら?)
好かれていないかもって気づいたから?
離れようって決心したばかりだから?
それでも彼が歩み寄ってくれたり、気遣ってくれることは普通に喜ばしいことではないのかしら?
素直に喜べない私は、何が変わってしまったんだろう。
「お嬢様、キリアン様がお見えです」
「……今行くわ」
彼の名前を聞くだけで、前は心臓が破裂するかと思うくらいドキドキして、頬が赤くなるような気持ちだった。
でも今は?
ドキリとはした。
でも、嬉しいと思うのと同じくらい、この時間がきちゃったなという怖さだ。
(……私、キリアンが何を考えているかわからなくて怖いのかしら)
でも彼は結婚するって言った。私と。
キリアンは真面目で誠実だから、きっと結婚したからといって愛人を持つこともなく妻と子に対しても変わらず誠実でいてくれることだろう。
じゃあ、私はキリアンの何が怖いのかしら?
愛されないこと。
やっぱりそれなのかしら。
(貴族の結婚は政略が基本。愛は後付け……)
そう習うのだから、今更だ。
お相手と時間をかけて愛を育むことができれば幸い、できなくても体面を保ちながら夫婦として折り合いをつけるのが貴族だって学校でも習ったわ。
(……結局私は、ただ無い物ねだりをしていたのかしら)
愛情っていう目に見えないもの。
夫婦になってからでも得られるはずの、これから長い人生を連れ添う中で築き上げるもの。
それをたった数年で諦めるなんて時期尚早と考えるか、早めに悟りを開いたことで苦しむことが減ったと考えるのかは私次第。
階下に、キリアンの姿を見つける。
変わらず素敵だわ。あの人が私の婚約者だなんて、今でも夢のよう。
それなのに、私の何が変わってしまったのだろう。
「お待たせしました、キリアン」
「アシュリー嬢」
観劇だから普段の騎士服ではなく、簡易的な礼装に身を包んだキリアンはお世辞抜きに素敵だわ。
彼は私のことを見て、少しだけ躊躇ってから口を開いた。
「……今日も、素敵だ」
「ふふ、ありがとう」
どうしたのかしら。いつもだったらそんなことを言わないのに。
私が避けるようになったから、ご機嫌取りをしなくてはと思ったのかしら。
(そんなことしなくてもいいのに)
でも、そうよね。
彼にとって私は
そう思うと、またつきりと胸が痛んだ。
卑屈な自分に呆れてしまうけれど、それでもまだ傷つけることが彼への愛情のようで……私は薄く笑みを浮かべるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます