第13話 私に何をお求めですか?

 結婚したら、私とキリアンはそれぞれ今暮らしている場所から出て王都内にある一軒家で暮らすことになっている。

 毎日通いのメイドが来て洗濯や掃除をしてくれるらしいのだけれど、基本的には自分たちでできることはやれたに越したことはないとキリアンのお母様から教わった。


 特に不規則な生活になりやすい騎士という職に就く夫を持つ場合、大変だって。


『通いのメイドがいない夜中にドロドロな姿で帰ってきて洗っておいてくれ、やれ腹が空いた、酒をくれって……まあね、世間の皆様のために頑張っているんだから文句は言わないけれど』


 そう笑ったキリアンのお母様は、そういう時に軽くつまめるものや季節によっては温かいもの、お酒も温めた方が良いものやそうでないもの……そういった小さな気遣いが、仕事内容も話せずただくたびれきった相手を慰めることもあるのだと教えてくれた。


 パンも、その一つだ。

 勿論、キリアンのお母様がパン屋の娘さんだったことからその技術があったっていうのもあるけれど、心を込めて用意した焼きたてのパンとおはようの挨拶、そうした〝温かい家庭〟をキリアンのお父様が何よりも大事にしている人だったからこそ、それを妻として守り続けているのだと笑って仰っていた。

 私はそれがとても素敵だと感じたのだ。

 そしてその素敵なご夫婦の元で育ったキリアンに、できるだけ同じような環境の朝を迎えて欲しいと思ってパン作りを習った。


 他にもアシュリー家の料理人たちに教わって、市井で良く作られているシチューだとか男性が好むようなボリュームのある料理で私にも作れそうなものなどを習っている。

 初めはナイフを持つのでさえ怖かったけど、彼らのおかげで今じゃ基本は大丈夫だと料理長から太鼓判を押してもらえるくらいになった。


 でもパン作りについてもキリアンのお母様は褒めてくれるけれど、私としてはキリアンのお母様が焼くパンの足下にもまだ及ばないと感じて日々精進している……つもりだった。


家庭教師ガヴァネスになって家計を支えるという気持ちは嘘じゃないけれど、どちらかといえば家庭を守る良き妻としての自分に比重を置きたかったから、料理や裁縫、家宰についてを学ぶ方が大事だと思っていたのよね……)


 だから親戚の伝手以外、面接の予定がないし。


 料理人たちには『お嬢様はお忙しかったようですが、お顔が見られてとても嬉しいです』なんて言われて……本当に私は両極端で困っちゃうなと自分でも呆れてしまった。

 良き妻となろうと思って毎日のようにキッチンにお邪魔をしておきながらキリアンと距離を保とうと思った瞬間、これまでほったらかしだった家庭教師ガヴァネスとしての面接を得るために奔走しなくちゃならなくてそっちにかかりきり。


(……私、要領悪すぎだわ……)


 幸いにして今日作ったパンも、料理人たちが手伝ってくれたおかげで成功することができた。

 ほんのちょっと間が空いただけで慌ててしまうだなんて、情けない……。


「お父様とお兄様は?」


「先程お仕事に向かわれました。何でも本日は緊急の案件があるとかで慌ただしかったご様子で……」


「そうなの……」


「それでもお嬢様のパンは全て召し上がっておられました。大変お喜びで、また作って欲しいと託けをいただいております」


「ふふっ。ありがとう、ナナネラ」


 朝に二人と会えなかったことは残念だけれど、喜んでくれたなら良かった。


 私がキリアンを支える良い妻になるのとか言って毎日のように料理をしていた時は、二人にも大分迷惑をかけちゃったものね。

 勿論、料理人たちがついてくれていたから食べられないものは出していないけれど……伯爵家の水準で言えば大分形が歪だったり、味が劣るものをお父様とお兄様は嫌な顔せずに食べてくれたっけ。


 突然料理を止めたのは何故かと聞かれた時に鬱陶しいなんて思ってごめんなさい!


(普通に考えて、突然違う行動をしだした家族のことを心配するのは当たり前よね……)


 特に何もないで突っぱねてしまった自分の行動が幼すぎて恥ずかしくなってきたわ。

 今日の夜にでも二人が帰ってきたら、このところ浮かれすぎていたことを反省してキリアンとは適切な距離を保って就職活動を頑張ることにしたと説明しておこう。


 きっと納得してくれるし、応援してくれるに違いない。


「失礼します、お嬢様。お手紙が届いております」


「あら、手紙? バスティアノ夫人かしら!」


「いいえ、キリアン様からでございます」


「……え? キリアン?」


 返事は要らないって書いたのに!?

 私は思わず驚きつつも、家令から受け取った手紙をしげしげと眺めてしまったのだった。

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