二人と一匹の証明写真

 未だに目を覚まさないシエラとガザミを背負い、流児はシエラに念を押して進むよう言われた非常口のその先、薄ぼんやりと照らされた白い石畳の道を歩いていた。


(この海……ティア・マリア……光の玉から産まれた海洋生物達。……ガザミ……シエラ……ヴォズマー……)


 流児は今までの出来事を思い出し、その繋がりを確認していた。

 ヴォズマーを見て、波に襲われ、端末スマホを落としたことから始まったこの海での迷い旅。


 異界の海に迷い込み、孤独に絶望し、シエラとガザミに出会い、様々な不思議が溢れた海に驚愕の連続だった。

 子イルカとの鬼ごっこ。ヨクトマシン・プリンターという機械らしいティア・マリアと、端末を通して海洋生物を生み出したあの光景。


 シエラが起こす神秘的な現象。


 それがまかり通るこの不可思議な海。


 我が物顔で海を泳ぐ巨大な異形──ヴォズマー。


 未知の施設の通路に画かれた、少女や魚にかけられた✕印状の爪跡の壁画。

 海龍の祀られた教会。そこに入った瞬間、突然眠りだしたシエラとガザミ。


「……やっぱり……シエラ達は……」


 嫌な予想が繋がって行く。それを否定しようとしても、否定に使用できる材料のほうが少ない。

 腕に抱えたガザミ、背負った少女。今だ眠るに一人と一匹に真実を問うことは出来ない。


 そうして考え悩む内に、流児は非常用通路の出口へと到着した。


「……フゥンッ!!」


 胸に立ち込める暗雲を払うかのように──苛立ちをぶつけるように──塞がった両手を言い訳にして、扉を足で蹴り、押し開けた。




「──!」

「……!」

「起きたか二人とも」


 非常通路を抜けた先にあった薄暗い部屋。

 そこに入って暫くすると、シエラとガザミが目を覚ました。


「──おはようございます。データを更新中……異常ありません。……どうかしましたか?」

「……?」

「……いや、何でもないよ……」


 一人と一匹は、流児の醸し出す暗い雰囲気を察し、様子を聞いてくる。

 しかし当の本人は、その気使いを、シエラの発言と共に流した。


(……深く考えた所で、結局俺達はここでお別れだ。……気にする必要なんか無かったんだ。二人やこの海の正体何か……)


 シエラを見る。すると、ガザミと互いに称賛し合っていたシエラがそれに気付き、変わらず流児に向かって微笑みを浮かべている。


 心臓が跳ねる。驚きか恋心故かも分からないそれを抑えると、流児はシエラにぎこちない微笑みで返す。

 そして視線を逸らすと、静に息を吐くような溜め息をついた。


(好きになるんじゃなかったかな……)


 胸を押さえた流児は、この海の存在やシエラとガザミの二人に対する疑問、その全てをとして、これ以上追及する事を止めた。

 それは流児の臆病に成ってしまった心と、フラれたトラウマから来る、傷付く事に対する恐れが故の選択だった。


「……とりあえず、非常口を抜けたけど……これで良かったの?」

「──はい。これよりゲートを開きます。下がって下さい」

「……」


 惚れた相手シエラに諦めをつけるため、流児は何処か急ぐようにして先を促す。

 するとシエラは微笑みを浮かべて手を上へと向け、光の粒子を放った。


 部屋全体に広がり浸透して行く光。それは薄暗い部屋に光りを灯し、天井に浸透すると、ゲートを起動した。

 別れを告げる様な、非常口の光と同じ黄色の輝きが降りてくる。

 やがて床を照らしたその光を、二人と自分を引き裂く様なそれを、流児は疎ましく思い睨み付けていた。


 そして、ゲートが開ききると、非常用出口の機能が発動する。

 部屋に黄色い光が満ちると、部屋の中央から柔らかな渦が巻き上がり、その先へと案内するよう、小さな泡がゆっくりとゲートへと入って行く。


「……これが、元の世界に帰る道……」

「──そうです。あの中に入れば元の世界へと帰還出来ます。置きおつけて行ってらっしゃい。さよう……なら……」

「……!」


 これで本当にお別れなのだろう。シエラとガザミが渦へと流児を案内するように手を繋ぎ、光の道へと向かって泳ぎ出した。

 流児はそれを両足を踏ん張って止めると、バランスを崩した二人を抱きとめて、勇気を振り絞り二人に自身の願いを言う。


「ッあ、あのさ! ……一緒に、写真……撮らない?」




 一人と一匹との別れが惜しくなった流児は、端末を取り出してツーショットを求めた。


「──本登録の撮影要請を確認。了解しました」

「……!!」

 

 シエラはそれを了承。ガザミはノリノリだ。


「……じゃあ──っ、はい撮るよー」


 端末を起動した時に現れる、過去の憧れとのツーショット。

 それを見て一瞬、顔をしかめる流児だったが、時間が勿体無いと切り捨ててカメラアプリを起動する。


「──ポーズはこれで構いませんか?」

「V!!V」


 画面に収まるよう、肩を寄せ合う流児とシエラ。

 その二人の重ねられた掌にガザミが乗り、端末に向けてポーズを取る。


「はい、チーズ」


 そして、撮影ボタンに触れて写真を撮る。

 流児は二人と一匹との写真を待ち受けに設定すると、それを二人に見せる。


「……よし、よく撮れてる。ほら」

「──所有者の登録証明を確認」

「……!」


 すると、シエラは端末を手に取り写真をよく見て固まってしまった。

 しかし、流児は別れの悲しみを思い出して俯いているため、シエラの様子に気付かなかった。


「──登録を完了しました。続いて音声登録をお願いします」

「……それじゃあ、今までありがと──あれ、シエラ……目が……」

「……?」


 顔を上げた流児を、マリンブルーの瞳が見詰めている。


 その瞳の持ち主はシエラだった。


 シエラは、今までの何処か他人行儀だった微笑みから、身内に向ける様な柔らかな微笑みを浮かべていた。


「その目……」


 シエラに向けて手を伸ばした──その時だった。


 非常通路へと続く、ひと一人分だけ開いた巨大な扉──その両扉が、轟音を立てて開いたのだ。


「っ! なんだ!?」

「──!」

「……!?」


「■■■■……」


 薄暗い非常通路に浮かぶ、怖気の走る不気味な影。

 船と汽笛の様な、低く轟く音に、鯨の歌のような、繊細な響きの混じる声らしき音。

 そして、暗闇に浮かぶ三対六つの満月の様な瞳。


 異形の存在──ヴォズマーが、終に流児達に追い付いたのだ。


「ッ逃げろ!」


 気が付くと、流児はシエラを庇うように前に立っていた。


(何で俺はこいつに立ち向かってるんだ!? 勝てるわけないのにッ!)


 シエラを庇いながら、ヴォズマーを睨み付け牙を剥く。


「──■■■■ーーーー!」


 それが気に食わなかったのか、ヴォズマーは流児を睨み付け、咆哮を放つ。


「ガアッ!?」


 音の波が衝撃と成って流児を襲う。

 身を裂くような衝撃に飛ばされて壁に叩き付けられる。


「──流児!」


 流児に駆け寄ろうとするシエラだったが、それを遮るように伸びたヴォズマーの手によって捕らわれてしまう。


「……シエラを……離せッ……!」


 傷付き震える体で立ち上がり、ヴォズマーに吠える流児。

 しかしそれも虚しく、シエラはヴォズマーに飲み込まれてしまった。


『──保護対象に損害が発生……流児……!』


 異形の存在の喉袋の中、シエラが助けを求めるように手を伸ばしている。

 目的を達成したのか、ヴォズマーは扉から出ていった。

 それを、流児は呆然と見送ることしか出来なかった。




 異形の存在が──ヴォズマーがシエラを拐って離れて行く。


「は、ははは──ハハハハハハッ……うああああ~~ッ!!!」


 異形の存在であるヴォズマーへの恐怖。

 それが居なくなった安心感と、自身の無力感。

 そしてシエラとの別れの悲しみにより、流児の心が乱れ狂う。


(怖かった。良かった。哀しい。虚しい。──寂しい。別れたくない……でも、ここはヴォズマーアイツの所有物で、あの娘シエラはアイツの持ち物で……だから、仕方無い……仕方無いんだッ!!)


 膝をつき、側に落ちていた端末を手に取る。

 その端末は、さっきまでシエラが持っていた物だ。

 それを思いだし、流児は悔しさに端末を握り締めた。すると、指が偶然にも起動ボタンが押し、スリープモードが解除される。

 そして端末に点った光が、俯く流児の顔を照らし出した。


「……これ……さっきの……」


 端末の待ち受け画面には、先程シエラやガザミ達と撮った写真が表示されていた。


 ハサミを向けてダブルピースをするガザミに、カメラ目線のシエラと、シエラの肩を抱く照れ顔の自分。


 それを見た流児の頭の中で、これまでの思い出が駆け巡った。


「ッ……これでお別れなんてイヤだッ……! シエラを……助け出すッ!」


 覚悟を決めた流児はシエラを助け出すため、ヴォズマーを追い掛けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る