海龍教会

「オオオオオオッ!!!」


 必死にバタ足を繰り返し、門を開こうと押し泳ぐ流児。その姿を眺めながら、シエラはガザミを抱えて門前に設置された貴重品を置く棚に座り、仮所有者の到着を待機していた。


「──流児……」

「……」


 今回の迷子案内の報告をまとめるため、案内のノイズとなるためにオフにしていた機能を起動し、これまでの記録映像を再生。

 そこに映るのは、絶望の表情が徐々に笑顔へと変わる仮定と、シエラへと向けられる数々の笑顔だった。


 要点をまとめる為に映像を編集するが、流児の笑顔が写るたびに、その作業の手が止まる。


「──ノイズを検知」


 作業効率改善の為に手を止めず映像を編集するが、その度に感情再現アプリが喧しく通知を送ってくる。

 見れば、自身が様々な感情を習得した報告の通知だった。


「──好奇心」


 タイムスタンプは、流児と出会った時のもの。


「──慈愛」


 気絶した流児に膝枕して撫でていた時。


「──母性……?」


 餌を手に水生生物とはしゃぐ流児を観ていた時。


「──感謝」


 ベイト・ボールへと突入する際、流児が身をていして自身を守ろうとした時。


「──情愛」


 ペンギン、ヒョウアザラシ、シャチに餌を与え、命を守った時。


「──敬愛」


 自身の恐怖を抑えた流児がシエラを守る様に抱き締め、安心させるように背を撫でた時。


「──不安……」


 端末持ち込み禁止の壁画を見てシエラ達を心配する流児を悲しそうな顔を見た時。


「──っ……『寂しさ』……?」


 今習得した感情の通知。見ると、そこには『寂しい』と表示されている。感情習得時に撮られた映像を表示する。そこに映っていたのは、門を必死に押している流児。

 成長し、自分で先へと進もうとする姿。《自身の手を離れる》流児の姿。


「──……嫌悪」


 流児が一人で出口へと向い、仮所有者がシエラに手を伸ばした所を想像した時。


「……」

「──問題、ありません……」


 シエラの異常を察したガザミが、励ますようにハサミを振るう。しかしシエラは落ち込んだまま。

 まっさらだった自身に様々な感情が適応され、無数のノイズを走らせる。ノイズを除去する方法は少なくない。アプリの機能をオフにするか、《どちらかが本登録を済ませるか》……そのどれかだ。


「──待機します」


 シエラは、自身が望む方法でノイズが除去されることを願い、流児を見守ることにした。




 流児は未だに開けられるはずのない門を押しているようだ。どうやらこの海の主となった事が要因となり、ヨクトマシンを無意識に利用しているようだ。

 しかし門は僅かに開いているが、その隙間はせいぜい指が入るくらい。

 このままでは流児のスタミナが尽き倒れるだろう。そうシエラが予測したその時だった。


 門の上に画かれた海龍の彫刻が光りだしたのだ。


「──未知の現象を視認」


 シエラは自身に搭載された機能を使い、未知の現象を観察する。そして表示された結果、海龍の存在を感知した。やがて彫刻を包む光──未知のエネルギーを内包したヨクトマシンが海龍の瞳に集まり、蒼い涙と成って零れ、流児の背に落ちた。


「ッ──オオオオオオーーーー!!!!」


 その瞬間、流児のバイタルサインが全て振り切れ、未知の力を振るい、門を開ききったのだ。


 みると、流児の身体をヨクトマシンが覆い、その行動をサポートしていた。

 ヨクトマシンは対象の放つ意思の力脳波を読み取ることで、様々な現象を再現することが出来る。

 しかし、それをこなすには相応の力が必要。いくら流児が海の所有者に成ったからといって、ここまでの量を無意識に操ることは不可能に近い。

 彫刻の発光に、海龍の感知。そして海龍を表す蒼い光が現象を起こしたならば、その存在は限られる。


「──海龍……」


 流児に力を与えたであろう、実在する神である海龍を象った彫刻を見る。すると、その口角が僅かに上がっているのがシエラの機能で見て取れた。


 海龍は流児に微笑んだ。


「──感謝します、神よ」

「……!」


 シエラとガザミは、迷い子を導く様に力を与えた神に感謝するのであった。




 門は開かれた。


 人の通れる幅どころか、全開に開いた巨大な門。

 それに合わせたかのように、流児の体に力を与えていた蒼い光が収まっていく。


 乱れる息を落ち着けるため、流児は休憩を兼ねて門の先を観察することにした。


「はぁ……はぁ……ここは、教会?」


 門の先は、静粛せいしゅくな雰囲気の漂う教会の様な施設だった。


 高く広い、不思議な白い石材を組み上げて造られた様な円状の部屋には、中央の通路らしき箇所を除き、均等に青色の螺旋を画く巨大な台座が並んでいる。

 施設の場所から察するに、あれがヴォズマー達の種族が使う椅子の様な物なのだろう。

 その奥は段々と高くなっており、壁際には海龍を象った純白の石像が鎮座しており、その後ろには、天井まである巨大なステンドグラスが輝いている。


 ステンドグラスには、太陽光に照らされた白い体に蒼い鰭を持つ海龍が、海面に向かって魚達と泳ぐ姿が画かれている。


「綺麗だ……あれ、シエラ? ガザミ?」


 ステンドグラスを良く見ようと先へと進もうとした流児だったが、ふと隣にシエラ達が居ないなことに気付く。

 探すと、門の外に設置された棚らしき場所で、ガザミを抱えた状態でシエラが座っていた。


「どうかしたの?」

「──待機しています」

「……」

「……もしかして、一緒に行けないの?」

「──はい。どうぞ、気を付けて」


 一緒に行こうと手を伸ばすも、シエラは首を横に振り、ガザミもハサミを交差してばつ印を掲げている。

 どうしようかと悩んでいると、シエラは門の中を指差して流児へ先へと進むよう促してくる。


「……うーん……」


 シエラの指差した先を見ると、海の花──ティア・マリアのあった海で見た非常口へ導く明かりが、部屋の奥、その隅に見えた。



「……もしかして、この中に一緒に入れない?」

「──はい」

「……」

「……そうか、うーん……」

「──方法はあります」


 流児がそう聞くと、シエラは暫し何かを考えて“致し方なし”といた様子で立ち上がった。


「行けるのか? よかった、ありがとう」

「……!」

「ああ、お前もありがとう」


 流児は自身の我が儘のため、何かしらの無理を通してくれたシエラとガザミに礼を言う。

 そして、慣れたようにシエラと手を繋ぎ、ガザミを頭に乗せて泳ぎだす。


「──待ってください」

「どうしたの?」

「──必ず、あの光の元まで進んで下さい」


 門を越える出前で、シエラが流児を引っ張って止める。

 何かあったかと流児が問えば、シエラは仕切りに非常口の明かりを指差して念押しする。


「……分かった、あの光まで行けば良いんだね?」

「──はい」


 同じ様に非常口の黄色い明かりを指差せば、シエラは何時ものように微笑みを浮かべて頷いた。

 見慣れた微笑みに安心していると、シエラが流児の後ろに回り込み、その背に乗ってきたのだ。


「──え、なにをっ!?」

「──このまま進んで下さい」

「……わかった」


 鼻腔を擽る爽やかな甘い香り、背中に伝わる柔らかさ。

 驚きシエラを見ると、真剣な眼差しで先を指差している。

 流児はその目に何かあると感じ、シエラを背負い直すと、ゆっくりと泳ぎだした。


「──持ち込み禁止区域。強制スリープモード……」

「……」

「え、どうし──うわっ!?」


 そして門を潜ったその瞬間、背中のシエラと頭上のガザミが、まるで電源の切れたロボットの様に、その全体重を流児にかけた。


 思わず床まで沈む流児。

 着底すると、無事を確認するためにシエラとガザミを下ろす。


「どうしたシエラ、ガザミ! ……寝てるのか?」


 見ると、シエラの胸は呼吸の度に上下しており、ガザミも口元が少し動いたりしている。

 どうやら一人と一匹は眠っているだけの様子。


「……やっぱり、そうなのか……」


 シエラが念を押した理由を理解した。


 この一人と一匹は──は、自分のために、その身を無防備に晒し、次に起動できるかも分からない状況に身を挺する程に頑張ってくれているということを。


 流児はシエラを背負い直し、ガザミを片手で抱えると、非常口に向かってゆっくりと泳ぎ始めた。


 その様子を、海龍を模した石像が静かに見つめていた。

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