開門

 ヴォズマーを倒した流児達は、鯨達に頼み目的地まで連れてきてもらった。


「ありがとな!」

「──感謝します」

「……!」


 流児は鯨達に感謝して餌をやるって別れを告げる。そうして鯨達と別れた流児達は、遂に深海の更に深い所までたどり着いた。


「……これが、深海のその先……超深層」

「……!」


 そこは、処を見ても暗闇と砂、見慣れぬ生命蠢く薄寒い空間だった。


「──目的地接近中」

「……ッ。あ、ああ……おーい──……あれ、足が……何で……?」

「……!?」


 シエラに促されたので、白いヤシガニの様なカニと威嚇しあっているガザミを呼び先へと進もうとするが、何故か声が詰まり、足が動かない。


 原因を探ろうと自身の体を確かめると、手が震えていることに気付いた。


「……そうか、俺は……怖いんだッ……!」


 水圧も水温も、酸素濃度すら影響の出ないこの海では、体調不良に流児は思い当たる節がない。


 思えばここに迷い混んで以降、空腹感も便意も、疲労感する湧いてこない。


 そして、この海に来る前から幾度も遭遇し、戦った異形の存在──ヴォズマー。


 この海で幾度とも現れたその存在は、明確な意思を向けて流児達を襲ってきた。


 そうして何度も戦い、その際に積み上がった恐怖心が、今になってまとまって襲ってきたのだ。


「ううっ……」

「──大丈夫です。私がいます、不安に思う必要はありません」


 思わず膝を付きそうに成った時、すかさずシエラが流児を抱き締める。

 そして、安心させるように──流児がそうしてあげたように──背をポンポンと優しく叩いて慰めの言葉をか。


「……ありがとう……もう、大丈夫……」


 流児はシエラの優しさに触れて立ち直る。


 そして、恐怖によって早まっていた鼓動が、別の理由によって力強く熱い鼓動へと変化する。


 流児はここで理解した。自身が、シエラに惚れていることを。


「……ッ、行こう……!」

「──バイタルサインが加速しています。大丈夫ですか?」

「ッだ、大丈夫だからッ!」

「……?」


 流児の脳内にフラれた時のトラウマが駆け巡る。

 しかし、流児はそれを頭を振って追い出し、先へ歩みだそうとする。


 流児は自身の恋心を自覚した。それならば、こんなところでうずくまっている所など見せられない。惚れた娘の前でだけは、誰だって、何時までだって格好良く在りたいのだ。


 深海の暗闇に対する恐れを振り払い、流児はシエラの手を取り、ガザミを頭に乗せて先へと進むのであった。


 途中、突如として暗闇から現れる深海生物にビビりながらも、それはそれとして餌やりをする流児。


 そうして、流児達はシエラの指し示す目的地へと到着した。


「……これは……」

「──目的地周辺です」


 そこには、深海に存在しえない──或は未発見な──巨大で不気味な、しかしどこか神聖な雰囲気をかんじるような施設が建っていた。


 超深海ではひどく目立つ純白で、その外壁には安心する様な暖かな蒼い光が、まるで脈動する様な輝きを放っている。


「……あそこが出口……?」

「──はい。あの中にあります」

「……そうかー……」

「……!」


 場違いかつ神聖な雰囲気を放つそれに、怖気付いた流児は“どうか違います様に”と願いながらシエラに問う。

 しかしその答えは、シエラの微笑みと共に施設を指差されることでハッキリと否定されてしまった。


「……はは、大変だな……」

「……!」

「……ハァー……」


 まるで傍観者の様に、辛い現実を他人事として流そうもするも、ガザミが励ます様に、ハサミで頭をペチペチと叩いて施設を差したことで、現実逃避を無駄に終った。




 施設に着くと、シエラが扉らしき場所に向かって光の粒子を流し込む。

 すると、施設の光が一層強く点滅し、大きな門が不気味なほど静かに開いた。


「──行きましょう」

「……!」

「……あ、ああ。行こう」


 まるで自身を誘う罠の様な深く暗い門の先。恐怖心を喉をならして飲み込むと、シエラとより強く手を繋ぎ、中へと進む。


 二人と一匹が門を越えると、出入口が静かに閉まる。

 そして通路や壁そのものが光り、一様に周囲を照らし出だした。


 大人のクジラが余裕を持ってすれ違える程に広い、隙間の見えない、磨き上げられた白い石の様な素材で組み上げられた通路。

 その通路の両側面には、厳格な雰囲気の漂う壁画が描かれていた。


「……壁画か。上でみたやつとは違う……」

「──妨害意思の接近を確認。迷子案内を最優先、急ぎます」

「……!?」

「え、あっちょっと!?」


 照らし出された壁画を見ようとするも、シエラが手を引っ張る所為でゆっくりと見ることができない。


 ずり落ちたガザミを押さえながら、仕方ないので流児は泳ぎながら壁画を見ることにした。


 とは言え、壁に画かれているのは異形の存在と、その下ある爪跡と波紋を組み合わせて文字らしきもの。

 それと、何かの出来事のあらましだろう。物語を思わせる壁画が、進む順番に画かれている。


 ヴォズマーに似た異形達が戦争をしている様子。そこに白い鰭のある龍──海龍が次元の間らしき渦から現れ、全てを薙ぎ倒して争いを平定した様子。

 海龍を畏れ奉る様子。帰郷の念を語る様に、青い星を思い浮かべる海龍の様子。

 そんな海龍が故郷に帰れるよう願う異形達が画かれた様子。


(……よく分からん……)


 そうして壁画を流し見していると、流児の目に見過ごせない壁画が入ってきた。


 それは、少女と少年が目を瞑り、異形の存在に飲み込まれる様子を描いた壁画だった。

 他にも少女や少年、魚や何かの道具を指し示す画に、大きく爪跡が交差するように画かれている、どこか咎める様な意思を感じる壁画だ。


「これは……ねぇ、あれ……シエラ達は大丈夫なの?」

「……」


 震える指でそれを差し、シエラに問う。

 すると、ガザミもその壁画を見て大人しくなってしまった。


「──問題はありません」


 そうして返ってきたのは、今までで一度も見たこともない、シエラの悲しそうな苦笑だった。




 流児達は壁画に付いて深く考えている。

 もし、あの咎める様な壁画が意味する内容が、シエラや自身に害をもたらすようなものだった場合、自身はどうするべきか。


(いや、もう答えは決まってる。護るんだ、シエラを!)


 覚悟を決め、シエラと繋がれていない方の拳を握る。

 すると周囲の雰囲気が変わっていることに漸く気づいた流児。

 シエラが静かに、目的地を指し示していた。


「あれは……」


 それは、荘厳そうごんな雰囲気の漂う、何かの紋章が画かれた白い門だった。


 門の上にある、鰭のある龍──海龍の彫刻があり、目に嵌め込まれた、静かな輝きを放つ蒼い宝石の瞳が、流児の覚悟を問うように見下ろしてくる。


 流児は拳を握り締め、静かに呟く。


「……出来てるよ、覚悟」


 シエラはそんな流児を静かに見つめていた。


 これまでのように、光を出して門を開けようとしないシエラ。


「……どうしたの?」

「──案内はここまでです。出口はその門の先にあります。扉を開いて進んでください」


 流児が問うと、シエラは門に取り付けられた紋章と一体化している大きな取っ手を指差して言った。


「……わかった」


 何もかもが今までと違う。

 流児は近付いてきた終わりを感じながら、巨大な門の取っ手に手を置く。


(下を見た感じ、引き摺られた跡がない……なら、これは引戸じゃないし、取っ手が嵌まるような溝も無いから、変化球で上や下へのスライドドアでも無い……なら──!)


「フンッ──オオオオッ!!」


 精一杯の力を込めて、取っ手を押し込んだ。

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