第26話 何事も重いくらいが丁度良い
「まさか貴方とこういう再開をするとはね……」
「俺もだよ。ていうか、ババァの下着姿が付録ってのは無いだろ」
「アタシも知らなかったんだからしょうがないでしょ!?流石に頭抱えたわよ……」
ワダツミを後にしたナギヨシの向かった先は物主重工だった。
異排聖戦で現人類側に提供された武器の6割を彼らは担っていた。故にあの戦争を知る者とって、彼らもまた危険思想を持つ者として侮蔑の目で見られている。
都合の良い話だが、太平の世に蔓延る武力は火薬が沢山詰まった樽と大差が無い。いつ何が起こるか分からないモノに蓋をすることで、人類は繁栄してきたのだから。
だからこそテンカは、そのイメージを払拭するため、アパレル産業を立ち上げたのだ。
だが今のナギヨシにとって、テンカの物主の跡取り娘という立場は格好のコネであった。
復讐のためなら、彼女の未来を否定してでも物主の本来の力を使わせる。そのためにナギヨシは彼女の元を訪れたのだ。
「まさかこの私が軍事方面ね働かされるとは思わなかったわよ。きっと、歴代の党首もこんな感じで巻き込まれたんでしょうね。呪いよ!呪い!!」
「俺だって英雄の名なんざ、ひけらかしたくもねーンだよ。だが、今回ばかりは使えるもんは何でも使わねーと……」
「謝らないのね。……まぁ、謝った所で上辺だけでしょうけど」
テンカの履くヒールの音が壁にあたり反響する。物主重工の地下は空洞の様に広がっており、表に出せない品を生産するにはピッタリの場所だった。
テンカの期限を損ねた要因はその後ろをバツが悪そうについて行く。
「アレは完成してんのか?」
「……お爺様に『異排聖戦の英雄』の名を出したら、笑顔で快諾されたわ。好きに使えってさ」
「そいつは太っ腹なことで」
「貴方一体何をしたら、あのお爺様を笑顔にできるの?」
ナギヨシは自嘲気味に笑い、答えを返す。
「
ナギヨシの暗く狂気を放つ笑顔に、テンカは思わずたじろいだ。身体が芯の底から冷える嫌な感覚に気付けば汗が垂れている。
「……お爺様の笑顔も納得したわ。あの人、金の亡者だもの。――着いたわ」
テンカの案内した部屋は全面が白く塗られた如何にもな実験室だった。
数多くのパソコンが同時に稼働しており、中央にはパソコンを目掛けて足を伸ばす数多の配線が繋がれた培養ポッドがあった。
その中にはコポコポと音を立て、銀色の液体が泡立っている。
「形状記憶合金『オモイカネ』。所有者の脳波を感じとり姿を変える物主の最高傑作……いや、もはや生物ね」
オモイカネ。それは物主重工が場所、環境問わず使える武器を開発しようとした際に造り上げられた合金である。
人の脳波を読み取り、その姿を用途に適した形に変えるというオーバーテクノロジーから、実用化されれば世界の戦場をがらりと変えると言われていた。
「ただ、2つ条件があるのよね」
「条件?」
「1つ。変化した武器を瞬時に使いこなす技術が必要」
「使いこなせなければ、意味が無いってか。2つ目は?」
テンカは苦い顔をして、2つ目の条件を伝える。
「2つ。所有者個人が肌身離さず、大切に持ち歩いている物を触媒としなければならない」
オカルトじみた話だが、思い入れの深さこそがオモイカネとの共鳴を促進させる。
まるで付喪神の様な性質をこの金属は持っていたのだ。
「そりゃあ実用化できねーわな」
「でしょ?コストに対して供給が釣り合っていないのよ。当然このプロジェクトは頓挫したわ。処分されずに残ってるのはコレだけ」
テンカの指の先には、例のポッドがあった。人が金属選ぶのではなく、金属が人を選ぶ。それは量産するにはあまりにも不確定な要素を多く含んでいる。
「じゃあ、これでいけるか?」
ナギヨシは首にかけてある2つのリングをテンカに渡した。
「これって……ペアリング?」
「あぁ。俺と死んだ婚約者と俺を繋ぐ、一生一緒の呪いを込めたエンゲージリングだ。これならじゃじゃ馬金属も言うこと聞くだろ」
ナギヨシは何処か寂しげな表情で2つのリングを見ていた。数少ない形ある思い出を、殺し道具の触媒にする。
その苦しさは本人以外知りえないものだろう。
「……本当にいいの?」
「ああ。言ったろ?今回ばかりは何でもするって。過去さえ賭けないと、俺は胸を張ってアイツに逢えねー気がするんだ」
「分かった……じゃあ早速やるわよ」
テンカがスタッフに声をかけると、排熱しながらポッドが開いた。
中にはグツグツと沸騰する様に銀色の金属がはね回っている。
ナギヨシは心の中で懺悔し、リングをオモイカネに差し出した。
数秒間、何も反応が起きない。
だが失敗したかと思った矢先、突如オモイカネが暴れ始めた。
尖り、曲がり、丸みを帯びと言った具合に次々とその形を変化させる。
最後には、グルグルと縦方向に回転し、その形は1つの指輪へと変化した。
「データ上では……成功よ。まさか指輪の形とはね。彼女への重い
「背負うにゃ重いくらいが丁度良いんだよ」
ナギヨシがオモイカネで造られたリングに手を伸ばす。まるで待ちわびていたかの様に、リングは薬指へ吸い込まれた。
「どうやら気に入られたみたいだな」
「貴方本当にすごいわね。会う度に驚かされてばかりだわ」
「テンコ、ありがとうよ。テメーにゃ嫌なことやらせちまったな」
「……別にいいわよ。いずれは軍事方面も携わらないといけなかったんだし。それが早まっただけに過ぎないわ。それに私は、無償の願いを聞き入れるほどお人好しじゃないわ」
「悪いがテメーらが喜ぶほどの金は持ち合わせちゃいねーよ」
「金だけが利益じゃなくてよ?そのオモイカネ。常にデータが転送されているの。だから貴方の戦闘スタイルは筒抜けになる。言ってる意味は分かる?」
「物主に逆らうなってか。怖いねぇ大企業さんは」
「アタシからすれば、そこのトップに認められている貴方が怖いわよ」
ナギヨシは改めて指輪の感触を確かめた。それは何処か馴染み深い気持ちを想起させる。ミコトのリングも混ざっているからだろうか。
ナギヨシは、既に忘れてしまった彼女の体温を感じる気がしていた。
「アタシが出来ることはここまで。データは出来るだけ多い方がいいわ。死ぬんじゃないわよ」
「それは依頼か?……冗談だよ。どちらにせよ俺ァ、
ナギヨシは踵を返し、歩み始める。
「しっかり終活キメてから死にたいんでね」
ナギヨシの死地へ赴く足取りはとても軽快だった。
それはデートに浮き足立つ様に。まるでダンスを踊る様に。
彼の口角は自然と角度を上げる。
最愛の人の死の
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