第3話 口約束は忘れた頃に思い出す

 屈強な男たちを相手に、平坂さんはちぎっては投げを繰り返す。時には格闘で、時にはその辺にある木材で。型にハマらない荒々しい攻撃は、飢えた獣にも見えた。

 僕も負けじと黒スーツ相手に仕掛ける。


「うぉぉぉ!!倒れろぉぉ!!」

「ヌゥッ!?……効かねぇなぁそんな攻撃ィ。どりゃァ!!」

「ぐあぁぁぁ!!」

 

 だけど、僕の拳は相手には効かない。それどころか、逆に手痛い反撃をくらってしまう。

 けれど、それが諦める理由にはならない。僕は身体に力を入れまた飛びかかった。


「まだまだァ!うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「このガキィ!まだやるってのか!!ぐぅぅぅ!?」


 ゴツンッ!

 頭頂部に走る痛みは、僕の渾身の頭突きが相手の下顎を捉えた証だった。


「痛ッツゥー……!見たかオラァ!!」

「なんだよ。ケンスケ、やれば出来るじゃんか」

「へへへっ、今は勝つ気しかないですからね」


 僕の方を見てニヒルに笑う平坂さんの足元には、呻き声をあげる男たちが蹲っていた。他に立っている黒スーツはいない。どうやら僕の相手が最後の一人だったようだ。


「ふふふ……お前らもう生きて帰れねぇぞ。俺たちは、単なる時間稼ぎだ……!」

「どういう事だ!?」


 倒れている黒スーツが得意気にスマホを見せてくる。

 そこに映る映像に、僕の身体はどっと汗を吹き出した。


「姉さん!?なんでっ……なんで姉さんが捕まってんだよォ!!」

 

 そこには顔に痣を作った僕の大切な姉、武市ソラが縛られてた。僕は思わず、男に飛びかかり画面に向かって大きな声で叫んだ。


「姉さん!しっかりしてよ姉さん!!お前ら何してんだ!!」

「落ち着けケンスケ!」

『その通りだぞガキ。お前がそのまま猛獣のように叫び続けたら、私はこの女をまた殴ってしまうかもしれないぞぉぉ〜?』


 ゲス野郎が。僕は、怒りを吐き出すことをグッとこらえる。悔しいが今は金城の言うことに従うしかない。


『ハッハッハッ!思い通りに人が動くってのはいいもんだなぁ!!私は優しいなぁ。散々邪魔をしたお前に、まだ選択をさせてやろうと言うのだから』

「な、何が望みだ……!」

『簡単なことだよ。1時間以内に私のオフィスに来い。そこで、お前が二度と歯向かわないことを条件に姉を解放してやろう。もし、約束が破られたのなら姉の身柄はこちらが好きにさせてもらう』

「そんなこと信じられるかっ!!」

『お前は指図できる立場じゃねぇんだよォ!時間待たずにこの女バラしてもいいのかァ!!……失礼、少し声を荒らげてしまった。お前の行動が正しい選択であることを願うよ。ハッハッハッ!!』


 金城の高笑いと共に通話が切れた。

 僕の身体は……震えていた。怒りだろうか。悔しさだろうか。

 否、恐怖だ。姉さんが危険な状況にあるのに、僕の身体は死に怯えている。

 さっきまでの自信はなんだったのだ。何が勝つ気しかないだ。僕はただ調子に乗っていただけに過ぎないのだ。

 我慢していたはずの涙が僕の目から溢れてくる。


「じゃあ、行くか」

「……」

「なにすっとぼーっとしてんだ。大切なんだろ、ねーちゃん」

「……勿論です。でも怖いんです。情けないかもしれないんですけど、僕は怖い。怖くて身体が動かない!!」

「……なら、しゃーないな。お前はここでねーちゃん待ってろ。場所は……歩いても全然間に合う距離じゃねぇか。あの野郎ビビらせやがって」

「でも僕が行かなきゃ、姉さんが!!」

「強がんなよ。膝笑ってるぞ?怖い時は誰だって怖いんだよ。でもな、俺が受けた依頼はだ」

「えっ?」

「てめーが本当にビビってんのは自分が殺される事じゃねーってことだ。膝の震えが止まったらちゃんと来い。お膳立てはしといてやる」


 僕はハッとして平坂さんを見る。

 その瞳は黒く濁っていながらも、光を帯びている。

 それは僕が恐怖を断ち切ることを信じている光だった。


「さっさと覚悟決めやがれタケチンコ」


 そう言うと平坂さんは金城グループの本拠地へ歩き始めた。その背中は今の僕にはあまりにも大きく見えた。

 僕は、まだ震える膝に力を込めながら思う。

 だからチンコじゃねーよ。


 

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