第2話 口約束は大抵忘れられる
盛大に吹き飛んだ僕とスカジャンは、壊れたバイクを前に天を仰いでいた。
「あのさぁ……」
平坂さんはサングラスをかけ、立ち上がりながら僕に話しかける。
「人に飛びかかっちゃいけないって小学生で習わなかったのかなボクゥ?おかげで俺の給料パーなんですけどぉ!?あ、そうか!お前はクルクルパーだから分からなかったかぁ!ごめんねぇボクゥ!お兄さんの配慮が足らなかったねぇ!!」
怒っている。明らかに怒っている。僕は直ぐに向き直り頭を下げ謝罪する。
「ご、ごめんなさい……」
「ハイ、出ました!魔法の言葉『ごめんなさい』。それで許されたら警察要らねーんだよ」
「アンタだって金城轢いて許されようとしてたでしょうが」
「……」
平坂さんはバツが悪そうに黙り込む。轢いてる自覚はあったのか。
「ったくよぉー。で、何?俺に用でもあるのボクくんは」
「ボクくん。じゃないです。武市です。武市ケンスケです」
「わーったよタケチンコくん」
「タケ
何なんだこの男は。
僕はさっきの平坂さんの圧迫感を思い出す。あの時と今の平坂さんの雰囲気は天と地程の差があった。
「あの、平坂さん……」
「なんだよチンコくん」
「チンコってそれもう名前でも何でもないじゃないですか。ただのチンコじゃないですか。僕は武市ケンスケです……ゴホン!迷惑をかけた身で不躾なんですけど、僕たちを助けてくれませんか?」
「嫌だ」
「ありがとうございます!!……って、え?」
「だから、助けねえって言ってんだよ」
「何でも屋なんでしょ!?僕たちは金城グループのせいで居場所を失いかけてるんです。平坂さんめちゃくちゃ強いでしょ?あんな奴ら簡単に倒せるくらい強いんでしょ!?それに平坂さんも目をつけられてる。一蓮托生ですよ!もちろんお金は払います!!分割になるかもだけど……ね?」
僕は情けないほど必死だった。金城を震え上がらせる胆力があるこの人は僕の、いや天逆町の希望だと確信しているのだから。
「大丈夫だって。俺の力なんて必要ねぇよ。金城だっけ?バイクで轢かれて大怪我しただろ。緑の液体吹き出してねーから同じ人間だよ。逆に俺は不思議だがな。
同じ人間?何を言ってるんだこの男は。今置かれてる状況が分かってないのか?
それに、同じ人間だったらどうして僕は怯えてるだ。どう頑張っても、相手の持つ全てに勝てないから、怯えてるんじゃないか。それをこの男は『同じ人間』の一言で片付けた。
僕の心配は、平坂さんの無責任な発言に対する怒りに変わっていた。
「平坂さん程の力があれば、そうかもしれないですけど……僕からしたらあっちは金も権力も桁違いなんです!僕らの
僕は怒りに任せた暴論を言い切ってハッと気付いた。平坂さんを無責任に巻き込もうとしたくせに、無責任に責めてしまったことに。途端に罪悪感に僕は呑まれた。
「す、すみません……」
「それがビビってるって言ってんだよ」
「え?」
平坂さんは僕の怒りなど意に介さず、ただ一言冷静にそう言った。
「『勝てないこと』に理由付けたって意味ねぇんだ。頑張ることは大事だ。でもな、何も成し得てないなら、頑張るって行為は無意味なんだよ」
「じゃあどうしたらいいんですか。頑張って耐えてるのに、それすら無駄って事なんですか」
「別に無駄じゃねーだろ事情は知らないが、金城グループには勝ってもねぇけど、負けてもねぇんだろ?それはお前が必死に耐えてきたからだ。まだ負けを認めちゃいねーってことだ。だから『負けてます』みたいなこと言うんじゃねーよ」
勝ってもないけど、負けてもない?
そうだ、平坂さんの言う通りまだ定食屋はつぶされてない。僕は自分たちがやられていることばかり考えていたんだ。失念していた。金城グループだってまだ勝てていないんだ。
「俺は『頑張った意味』を成立させるためなら、あんな
「だからチンコじゃ……ッ!?」
僕が名前の訂正しようとしたその時、数台の高級車が僕らの周りを囲む。車は全て金の家紋を掲げている。
「おうおうおう!てめぇら!!ウチの社長に何しでかしてんだオラァン!」
「舐めたことしやがって!スッゾコラー!!」
ゾロゾロと強面の黒スーツたちが怒声をあげなから僕たちににじり寄ってくる。
「や、やばいですよ平坂さん……!」
「おい、ケンスケ」
「だからチンコじゃなくて……え?あ、はい。ケンスケです」
「金城グループは金たくさん持ってんだよな」
「は、はい。持ってます」
「お前も金出すって言ったよな」
「依頼を受けてもらえばですけど……」
「分かるか?今の俺の状況が。格ゲーで言うなら補正切り。賭け事で言うならダブルアップチャンスってことだ」
「は、はぁ?」
平坂さんの意図は何なのだろうか?僕は全く理解出来なかった。
「受けてやるよ。お前の依頼」
「えっ?本当ですか!?」
「但し条件がある」
条件。足元を見られるのだろうか。分割といえど、こっちにも生活がある。何よりも僕が優先すべきはソラの未来なんだ。
「助けるんじゃねぇ。
そう言った直後、平坂さんは1人の黒スーツに飛び蹴りをかました。
鈍い音と共に声を出す間もなく、黒スーツの顔面がひしゃげ、身体ごと吹き飛ぶ。
サングラスの隙間からチラリと見えた平坂さんの瞳は、あの金城をビビらせた圧力を放っていた。
「口約束だからって、踏み倒しは無しだかんなぁぁぁぁ!!」
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