第1幕 タイトルと説教は短いに限る
第1話 どうせ舞うなら満点を狙え
「ケンちゃん、バイト遅れちゃうよー!ほらお弁当忘れてる!」
「うわっ!?あぶねっ!ありがとう姉さん!!じゃあ、行ってくるから!姉さんも唐揚げ以外の料理のレパートリー増やせよ!」
「もー意地悪言って!ケンちゃんも寄り道しないで帰ってきてね!店長さんと喧嘩しちゃだめだよ?」
「うっさいなぁ!言われなくても分かってるっての!行ってきます!!」
姉の言葉を背に、僕こと
「やばいやばいやばいやばい遅刻する!これで遅刻したらまじでクビだよ!店長、自分が遅刻する割に人の遅刻には厳しいんだよなぁ!ただでさえ給料安いのにさぁ……ってそうも言ってられないか。姉さんのためにも、このくらいの理不尽耐えないと。でも、このままじゃ肝心の仕事失いそうだぁぁぁぁ!!」
ここは
最近は都市開発が進み、商業施設やら歓楽街が立ち並んできた。そのせいで古くからの商店街は潰されつつある。僕の家の定食屋も、このままだと大型スーパーになってしまう。
だけど、僕はそれが嫌だ。死んだ両親に変わって、姉さんが頑張って切り盛りしてるあの店を潰したくない。だって姉さんは、料理を作ってお客さんに食べてもらってる時の顔が1番素敵だから。
僕は自転車を漕ぐ速度を上げる。横道が多く、初めて来た人は迷いそうな道だ。けれど、頭に描かれた地図に沿えば間違えることもない。手馴れたブレーキングと信号機の無い道を選べば、5分前には着けるはずだ。
「はぁ、はぁ……なんとか間に合うぞ……!」
最期の下り坂を最高速で駆け抜ける。そして僕は衝撃と共に宙を舞った。
「ぷげらぁぁぁぁ!?」
視界がぐるぐると3度回る。これが体操の大会だったら文句無しの満点だろう。
「ぐへぇっ!!」
ギャグ漫画みたく顔面から地面に着地した僕は、痛みに耐えながら、こうなった原因を探る。
それはザ・金持ちと呼ばれる人々が乗っていそうな黒塗りの高級車だった。車体の中心には忌々しい『金』の字を象った金色の家紋が埋め込まれている。
「おいおいなんだぁ、こんな所に猪がいると思ったら、ガキンチョかよぉ。今夜はぼたん鍋かと期待したんだがなぁ!」
「お、お前らは
「金城組じゃねぇ!
黒いスーツに身を包み、威張り散らかしているこの男は僕が天逆町の住人が1番嫌っている奴らだ。
金城グループ。元は金城組として天逆町を仕切るヤクザだった。その頃は警備をしたり、祭りを開いたり町の為に存在していた。
けれど、トップが代わった今は、ビジネスと称して都市開発促進のため日や天逆町の人々を追い立てている。時には迷惑行為で、時には暴力で。
僕と姉さんも何度嫌がらせをされたか分からない。
「なんだよ、クセェと思ったらお前、あの邪魔なボロ屋のガキじゃねぇか!?どうだ?姉貴は差し出す気になったかぁ?俺は言ってやったろ?姉貴さえ俺らに渡せばお前たちだけはいい所に住ませてやるって」
「渡すわけないだろ!!お前ら……姉さんに手を出したらタダじゃおかないぞ!!」
「おぉ怖!だったらビビってないでパンチの一発でも当ててみろよ!ただし何倍にもして返してやるがなぁ!がっはっはっは!!」
悔しいがコイツの言う通りだ。僕はこれまで1回も立ち向かえてない。何とかしなきゃと思うほど、身体がすくみ動けなくなる。
昔コイツらに商店街の若者数人が歯向かったことがある。腕っぷしもあり、追い返すことに成功した。商店街は熱狂と歓喜に包まれた。けれど、その末路は悲惨だった。
行動に移した次の日に、関わった若者たちの死体が川に上がっていたのだ。金城グループの持つ資金力と組織力の前には、
「うるさいぞ。何を轢いたか知らんが、さっさと車出せ」
芯のある低い声が僕と黒スーツの会話を止めた。その声に僕は思わず緊張してしまう。
「しゃ、社長!!失礼しました!反対派のガキがしゃしゃり出てきまして……」
金髪に白いスーツを着た男が車から出てくる。間違いなくさっきの声の主だ。
「ほう、そいつの方が私より大事か」
「い、いえ……」
金髪の男は口元を歪ませ、黒スーツの前に立った。体格は明らかに黒スーツの方が大きいのに、彼は冷や汗を浮かべている。
「へぶぅ!?」
僕の思考を割くように金髪の男は乾いた音を響かせ、黒スーツを殴り飛ばした。
「ひ、ひつれいひまひまた……!!」
「分かればいいんだよ。分かれば」
黒スーツは頬を腫らし、金髪に謝罪する。僕はその光景に体が動かず、ただ固まる他になかった。
「さて、挨拶が送れたなぁ。私の名は金城ノゾムだ。死んだ親父に変わって天逆町を導く者だよ。覚えておけ」
「お前のせいで!」
「勝手に口を開くなよ。ガキが」
「ッ!?」
僕は思わずこの男の言う通りの行動をしてしまう。
それもその筈だ。コイツは銃を僕に突き付けたのだから。
「分かったか?お前らはなぁ!遊ばれてるだけなんだよ!こっちが本気で
「じ、銃なんか怖くないぞ!撃ってみろよ!!」
「だから口を開くなって言っただろうが!!テメェの臭い息なんて1秒たりとも吸いたかねぇんだよ。死にたくもねぇ癖に強がりやがって。死にたがりはさっさとくたばれ」
僕は訪れる痛みに身構え、思わず目を瞑る。
「じゃあなあばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
僕は大声に驚き、思わず目を開けた。視界に映る金城の顔面を抉る車輪。金城はそのまま、感性に身を任せ吹っ飛んで行った。
「え、何?何なの?引いた?俺、人轢いちゃった?思いっきりガツンって言ったんだけど……。うわ、バイク凹んじゃってるよ。これ借り物なのに。ていうか、借りたバイクで人轢いたらすげぇ面倒臭いじゃないの?えー、どーしよ」
金城の代わりに僕の前に現れた男。それは派手な赤いバイクに跨り、派手なスカジャンを着た黒髪の男だった。
「ひゃひゃちょぉぉぉぉぉぉぉ!?」
黒スーツは腫れた頬のせいで回らない口を精一杯開けて、金城の悲劇を嘆いている。当の元凶は、空気が読めないのか、はたまた読まないのか。己の心配をしていた。
「あ、アンタは一体……?」
僕は質問には答えず拙い疑問を投げかけた。
「俺か?俺はナギヨシ。
主人公の名乗りだ。名前を言った後のフルネーム名乗りは、主人公の名乗り口上と相場で決まっている。僕は唖然としていながらも、この男に希望に似たものを感じた。
「ねぇ、ボク」
「は、はい!」
「何も、何も見てないよねぇ!?ノーヘルなのも!人轢いたのも!?いやさぁ……罰金とかさぁ、慰謝料とかさぁ、裁判とかさぁ、俺払えるほど金無いよ!?だから何も見てないって言ってくれぇ!!」
前言撤回する。こんなにも社会的制裁に怯える主人公は存在するはずがない。
「テメェ何しやがる!!こ、これ見やがれ!歯がポロッと折れちまったじゃねぇか!?どう落とし前つけんだゴラァ!!」
そうこうしているうちに、先程吹っ飛んで行った金城が、抜けた歯を掲げながらコチラに向かってきた。
僕は平坂さんを逃がそうと、腕を引っ張った。だけど、その身体は動かなかった。
「前歯落としたんすか?探すの手伝いますよ」
「何が落とし前歯だコラァ!?前歯はもう見つかってんだよ!!ちげーよ!落とし前だよ!オ・ト・シ・マ・エ!!テメェは俺を轢いたんだよ!!責任取れんのかぁ!?」
「でもピンピンしてるじゃないっすか。怪我無さそうだし」
「怪我あんだよ!!見えねーだけで骨バッキバキなんだよ!!ブロークンボォンしてんだよ!!」
「ブロークンハートしてないなら立ち直れますって。頑張れ」
「テメェは倫理観がブロークンしてんのか!?」
正直僕は驚いていた。
先程まで社会に怯えていた男は、僕らが怯えている金城ノゾムには怯えていない。一体なんなんだこの男は。
「もういい。付き合いきれねぇ。テメェは殺す」
金城が僕にしたように平坂さんに銃を突きつける。
その時、突然空気が変わった。
「俺を殺してくれんのか?……やってみろよ」
僕には分かる。変えたのは金城じゃない。
「なぁ、殺してくれんのか?答えろよ」
「……ッ!?」
それは異様な光景だった。
平坂さんは銃身を握り、自分の額に宛てがったのだ。引き金を引けば確実に殺せる。そんな状況を自ら作り上げたのだ。
だが、金城の指先は動いていない。いや、平坂さんの圧迫感に動けないのだろう。僕もこの空気感に息が詰まっている。
「怪我してないみたいっすね。良かった。俺も人を轢いてなかった。ヨシ!おしまい!それじゃ!!」
平坂さんがそう言うと同時に張り詰めていた空気が元に戻った。彼はポンポンと金城の肩を叩き、何事も無かったかのようにバイクに跨り発進した。
唖然とする一同。その中で1番最初に動いたのは僕だ。
僕は勿論、バイクを追いかけた。
「おいおいおいおいおい!!なにしれっと何事も無かったかのようにしてんの!?」
「うわびっくりした!何って……だってあの金髪怪我無いんだろ?俺としてもありがたいよ。人轢いてないんだから。安心しろ。この傷はたまたま隕石が降ってきて、たまたまバイクに直撃したってことにするから。口裏合わせてくれよな?」
「そういう問題じゃないって!なんか、あそこから戦いになりそうな雰囲気だったじゃないですか!!」
「え、そうなの?いやでも、撃たなかったってことは許してくれたってことでしょ。あれ、ドッキリか何かでしょ。銃も玩具だって」
「ンなわけあるかぁい!!あれで許されたら警察要らないですって!ていうか、誰轢いたか分かってんですか!?あの金城ノゾムですよ!!」
「誰だよソイツ。金城って苗字からして金持ちそうだな。俺嫌いだわ」
「ド偏見!だけどあってる!!アンタ、ヤバいって!金城グループに目を付けられたんですって!マジで消されますよ!?」
「そいつはいいや」
「え?」
平坂さんは僕の忠告にただニヤリと笑った。
「殺してくれるンだったら……それでいい。俺をミコちゃんの所に送ってくれるんだろ?望み叶ったりだ」
「ミコちゃん?さっきもだけど殺されるってアンタ何言って……」
彼の目はただ前を見つめている。それも何も映らない程遠くを見ている様だった。
「それよりお前だお前」
「え、僕?」
「お前凄いな。バイクと並走してるぞ。」
「え……うおわぁぁぁぁぁ!?」
僕は今になって自分の状況に気付く。認識したが故に、常識が僕の体に降りかかった。途端にバランスを崩した僕は、ギリギリ並走している男のバイクに掴みかかる。
「おい、待て!?おまっ!離せ!目の前、目の前見ろ!壁、壁だって!やめ、ヤメロォォォォォ!!」
大きな衝撃と、機械の破壊音。本日2度目の宙に舞う僕。
僕の横では、怪しいスカジャンの男が白目を向きながら鼻水を垂らし、3回転ひねりで満点を叩き出していた。
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