第4話 他所様の性癖は認めずとも肯定はしろ
広い日本庭園に囲まれた大きな屋敷。その一室で金城ノゾムは、縛られた武市ソラを前にしていた。
「よかったなぁ。もうすぐお前の弟が迎えに来るってよ」
「……ッ!ケンちゃんに手を出したらタダじゃおかないから!!」
「クククッ、気の強い女は嫌いじゃないぜ。楽しみだなぁ!お前が幾らで売れるのか。好き者に売ったらかなり良い値が付きそうだ」
ソラが睨むことさえ、ノゾムにとって今後の楽しみを膨らませるスパイスでしか無かった。
「私のことは好きにしても構わない!でも、ケンちゃんにはなにも――あぁッ!?」
パァンと乾いた音が和室に響く。ノゾムの平手打ちがソラの言葉を遮った。
「気が強すぎるのも考えものだぞぉ?女は女らしく淑やかにするのも大事だ。空気を読め」
ノゾムは打った手を擦りながら、ニヤけた面立ちで地に伏すソラを見下す。ソラは悔しさに涙で畳を濡らす。強く押し噛んだ唇には血が滲んでいた。
「そうだ、黙らないといけない時には黙っていろ。そっちの方が男ウケがいい。なんなら、売り飛ばす前に私も楽しむとするか」
ノゾムはソラににじり寄る。口元は緩み、指はミミズが這うように気味悪くわきわきと動く。ソラに触れるあと数センチ、彼の動きを止めるが如くタイミングで、大声が耳に入った。
「社長ぉぉぉぉ!!」
「……チッ。なぁーんだ騒々しい。私は今忙しいんだよ」
「す、すいやせん。で、ですが!屋敷に……屋敷に侵入者です!!」
「どーせ1人だろ。よかったなぁ女。弟くんが助けに来たってよ」
「……違います」
「あ?じゃあ誰だ?何人だ!?」
「……分かりません。でも侵入者は1人です」
「んだよ。お前らなぁ、1人ならさっさと処理しろ。それが仕事だろ」
「
突如、屋敷内を轟音が揺らす。ノゾムには何が起こってるのか理解できない。それでもノゾムは、困惑しながら思考する。
人数の多さ、金城という名の偉大さ、自分の立場。普通に考えれば己に歯向かうなど無謀だ。それなのに敵は1人で乗り込んできている。しかも、このタイミングで。いったいどこの馬鹿なのだと。
「1人相手にちんたら戦ってんじゃねぇ!!人数で押しこみやがれ!分かったか!?」
「ウス!!分かりました!社長!!」
ドタドタと伝達係の男は走り去る。ノゾムは額から垂れる汗を拭い、深呼吸をした。
「……焦ることは無い。相手がどれほどか知らんが、こちらにも切り札はある。なぁ、『テンセイ』さんよぉ」
ノゾムの話しかける方角にはいつの間にやら影があった。夕日に少しばかり照らされたテンセイの口元は、少しばかりの笑みを浮かべていた。
⬛︎
「すいませーん!岩戸屋ですけどー、
数刻前、金城の屋敷に到着したナギヨシは、正門を前に大きな声で問いかけた。しかし、待てども屋敷の扉が開くことは無い。
「あれ、聞こえなかったかな。すいませーん。『スマホ横からノゾキくん』いますかー?『女風呂ノゾキくん』いますかー?『夏場に体操着の隙間から見える女子の脇ノゾキくん』いますかー?」
「金城ノゾム社長だわぁぁぁぁ!!ノゾキじゃねーよ!ノ・ゾ・ムッ!!」
大きな音を立て門が開き、黒スーツが1人出てきた。彼は怒りに青筋を立て、鼻息を荒く吹き出している。
「なんだよ。いるなら最初から返事しろよ。『放課後、夕日に染まる教室。たまたま空いていた教室の隙間を覗き込むと、好きな人とチャラい先輩が濃厚なキスをしていた。僕が何かに目覚めたあの夏。それ以来、決して得ることの出来ない何かをノゾムくん』探してんだけど知らない?」
「長ぇーんだよ!!そういうのはノゾムくんしてねーんだよ!!むしろハッピーエンドノゾムくんだよ!!
「いや分かんねーよ?世の男は
「んなわけありません!!テメーの中では存在してても、僕の中であーりーまーせーんー!!現実のカップルは甘々ハッピーエンドですぅぅ!!ていうか2次元のカップルもハッピーエンドですぅぅぅ!!」
「うるっせぇな。誰もお前の性癖暴露会には、付き合いたかねーんだよ。そこら辺センシティブなんだよ。場合によってはブチギレる方々が存在するんだよ」
「テメーからふっかけてきたんだろうが!!もうムカついた!!お前が武市ケンスケだろうが、そうじゃなかろうが、こんな危険思想所持者を社長に会わせる訳には行かん!!」
黒スーツは勢いのまま、ナギヨシに殴りかかった。ナギヨシは身体を左に流し、ひらりと躱す。その勢いを利用し、感性のまま突っ込んでくる黒スーツの顔面に拳をめり込ませた。
お手本の様な美しいカウンターに、黒スーツは呻くことも無く地に沈む。
「分かったか?世の中ハッピーエンド1つじゃ味が薄いんだよ。結局、涙腺と財布の紐が緩むのは一筋縄じゃ行かない恋なんだよ。たとえば死別エンドとか……な」
ナギヨシは、倒れた黒スーツを一瞥し門を潜る。その先を見た彼の視界を捉える見渡す限りの黒。黒。黒。そして黒。
数えれば100を超える黒スーツ軍団が、多種多様な凶器を持ち構えていた。その面持ちは皆一同に狂気を孕み、今すぐにでも愚かな侵入者を始末する勢いだ。
「テメーが武市ケンスケかコラァ!?」
「よく単身で乗り込んで気やがったなコノヤロウ!!」
「今すぐにでもぶっ殺して、可愛い可愛いお姉ちゃんの前に生首晒してやるよォ!!」
罵詈雑言の嵐が吹き荒れる。無論ナギヨシは、自分がアウェーであることを百も承知でこの場に来ている。
喧騒とは裏腹に、彼の心は落ち着いていた。昔懐かしい戦場の記憶が蘇る。複数人を相手に血と狂宴の奮闘を繰り返したあの日々を思い出していた。
「最初に言っておく。俺は岩戸屋の平坂ナギヨシ。武市ケンスケじゃねぇ」
黒スーツたちがザワつく。なぜケンスケじゃない?じゃあコイツは誰だ、と。
だが、誰が来ようと彼らの仕事に変わりは無い。所詮、始末する人間が1人増えただけに違いないのだ。
「俺はただの何でも屋。ケンスケに金城グループとの抗争に協力してくれって頼まれた者だ。なのにアイツ、肝心なねーちゃん奪還は俺1人にやらせようとしてんだよ。膝が言う事聞かねぇんだとさ。金額と依頼内容が釣り合ってねーと思わねーか?」
黒スーツたちの大きく下卑た笑い声が響く。情けない、ビビり、意気地無し……。数多のケンスケを
「でもな。俺は依頼料を変えるつもりは無ェ」
それは先程までの悪態とは違い、凛と透き通った真摯な声色だった。空気さえ支配したその言葉に、黒スーツたちの野次は淘汰される。
「アイツは
――――お前ら……引き立て役の俺をちゃあぁーんと輝かせろよ?
ナギヨシの挑発に乗った黒スーツを皮切りに、濁流の様に黒スーツ軍団が遅いかかる。
迎え撃つナギヨシの瞳は、飢えた獣の如く瞳孔が開いていた。
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