お見舞い

 帰りのホームルームが終わり、クラスメイトもまばらに解散していく。


 『カラオケに行く』だの『ス◯バに行く』だの口々に話している中に、聖羅せいらさんを心配する声も聴こえてくる。



 三大……いや、千夏ちなつが増えたから今は『四大美女』になったのか。


 それほどに人気のある聖羅せいらさんが欠席したのだ。心なしかクラス全体に元気がなく、心配する声が多いようだ。



美藍みらん、この後聖羅せいらさんのところに見舞いにでも───えっ、なにその反応」



 俺が言い切るよりも早く、美藍みらんは大きな目をさらに大きく見開いて俺を見上げ、キュッと瞳孔を狭めていた。


 『何を言い出すんだこいつは』とでも言いたげな表情だ。



「えっ、俺何か変なこと言った?」


「いや、そういうわけじゃないけど……ハルは来なくてもいいんじゃない?」


「なんか酷くない!?」


「ち、違うわよ! ハルを拒否してるとかじゃなくて……」



 今はハルも落ち着いているように見えるけど、ハルも発情期に入りかけてるのは匂いで分かる。


 そんな状態で、発情したメス猫───聖羅せいらちゃんの巣に放り込んだから、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。


 できれば今の聖羅せいらちゃんに、ハルを近づけたくない……。



「拒否してるとかじゃなくて……?」


「ほ、ほら……風邪とか移ったらダメじゃない?」


「うーん、まぁそれはそうなんだけど……」


「でしょ? あたし一人で行ってくるから」


「……その理論で行くなら、美藍みらんにも風邪移らない……?」


「あたしは大丈夫なの! ヘビだから!」


「なにその謎理論……美藍みらん、何か隠してない?」


「んぅっ……ちょっ、あんまり近づかないで……///」



 美藍みらんに詰め寄ろうとすると、彼女は両手で俺の胸を押すようにして身体を離す。



「……やっぱこれ、俺拒絶されてない……?」


「違っ……ハルのこと嫌ってるわけじゃないから! むしろ好きすぎるからこうなってるだけで……」


「えっ───」


「こんな人の多いところで不純異性交遊とは感心しないな、有栖川ありすがわ君、桜庭さくらば美藍みらん2年生」



 ふいに背後から聞こえてきた声に、俺と美藍みらんは振り替える。そこには、腕を組んで不適な笑みを浮かべるすめらぎ先輩が仁王立ちしていた。



すめらぎ先輩……! いやっ、不純異性交遊とかじゃなくて……!」


「べ、別に変なことしてないからっ……!」


「フフ……冗談だ。君達の場合は同意の上だろうからな。ただ、それ以上は学校ではやってくれるなよ!」


「「しません!」」



 俺と美藍みらんの反応に満足したのか、すめらぎ先輩はカラカラと笑う。なんだか手のひらの上で踊らされてる気分……



「と、ところで……すめらぎ先輩はどうしてわざわざ2年生の教室まで……?」


「そうそう、有栖川ありすがわ君に手伝ってほしいことがあってだな……少し手を貸してくれないか?」


「良いじゃない、ハル。聖羅せいらちゃんのところはあたしが行くから、ハルは先輩を手伝って来たら?」


「み、美藍みらん……ここぞとばかりにお前……」



 グイグイと俺の背中を押し、すめらぎ先輩の方へと押しやる美藍みらん


 どうしても俺を聖羅せいらさんのところへ行かせないつもりらしい。……一旦・・諦めるか……。



「はいはい、分かりましたよ……手伝います、すめらぎ先輩」


「助かる。こっちへ来てくれ」



 嬉しそうにパァッと笑顔を咲かせたすめらぎ先輩の後をついていく。後ろでは、美藍みらんが小さく手を振っていた。



「それはこっちに頼む」


「はい」



 すめらぎ先輩の指示に従いながら、倉庫の備品を整理すること一時間ほど。生徒会のメンバーの手際がよく、すでにほとんど片付いてきていた。



「ふぅ……」


「ありがとう、有栖川ありすがわ君。助かったよ」



 休憩を入れた俺は、すめらぎ先輩に差し出されたジュースを受け取って喉を潤す。



「そういえばすめらぎ先輩」


「うん?」


「時々こうして俺に声をかけてきますけど、どうしても俺なんですか?」


「あぁ、そのことか……実はな、有栖川ありすがわ君に生徒会に入ってほしいと思ってな」


「えっ……生徒会に……?」



 すめらぎ先輩の言葉を一瞬理解できず、俺は呆けた表情になっていたようだ。



「いや、別に俺は特別何かができるわけでも───」


「いやいや、雪谷ゆきや聖羅せいら2年生をはじめ、桜庭さくらば美藍みらん2年生、有栖川ありすがわ千夏ちなつ1年生に月野つきの杏樹あんじゅ1年生も懐いているだろう? 『人を惹き付ける魅力』……それも十分才能だと思うぞ?」


「人を惹き付ける魅力……」


「うむ。……現金な話をするなら、君をこちらに引き入れたら、自動的に女子4人もついてくるだろう?」


「それが目的ですか……そんなに人を集めてどうするんですか……」


「どうするって……彼女達は可愛いだろう?」


「可愛───えっ? それだけ?」


「いやいや、意外に重要なのだぞ? 生徒会とは、生徒の代表でなければならない。あれほど神秘的なまでに見目の良い彼女達が集まれば、自ずと神聖視されるだろう?」


「な、なるほど……いや、そうなのか……?」



 勢いで騙されそうだけど、見た目が良い子を集めたいだけなのでは……?



「まぁとにかく、私は……生徒会は有栖川ありすがわ君が欲しいのだ。考えてくれるとありがたい」


「か、考えておきますね……」



 全ての作業が終わり、すめらぎ先輩に見送られて倉庫を後にする。


 生徒会か……さすがに俺には荷が重いかなぁ……。












 学校を出た俺が次に向かったのは、聖羅せいらさんの家だ。


 ……美藍みらんはああ言ってたけど、心配なのは心配だからね……。ちょっと顔を見て帰るぐらいなら大丈夫だろう。


 来る途中で買ったスポーツドリンクやゼリー飲料が入ったビニール袋を片手に、聖羅せいらさんの家のインターホンを───



 ピンポーン!

 ガタンッ! ガタガタッ、バタバタバタ!



 俺がインターホンを鳴らした途端、家の中からドタバタと聴こえてくる、数人が慌てて移動するような足音。


 な、何があったんだ……!?

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