見るな、聞くな、感じるな……でなければ、死……!

 美藍みらんに導かれるままに、俺の手が温かい何かに触れ───



「んんっ!♡」



 その瞬間、聖羅せいらさんの嬌声が浴室に響く。


 目は塞がれて見えないけど、タオル一枚被せられた程度でリスの聴覚をなんとかできる訳もない。


 聖羅せいらさんの声と水っぽい音、そして指に感じる感触が、今の状況をはっきりと伝えてくる。



 つまり今目の前では、聖羅せいらさんが俺の手を使って──


 意識してしまえば、あっという間に転がり落ちてしまうような危うい状況……俺はただ無心で、美藍みらんに身体を預けた。



        ♢♢♢♢



 以前から、最初は聖羅せいらちゃんだろうとなんとなく思っていた。それは、彼女のハルへの懐き方と、ユキヒョウの性質を考えれば分かることだ。


 でもそれが、まさかこんなにお誂え向き・・・・・の場所で起こるなんて思ってもみなかった。



 獣人の発情期が、とても我慢できるものではないものであることは、当然知っている。


 けど、ずっと昔から初めてをハルに捧げると決意していたあたしにとっては、ハルがこのまま聖羅せいらちゃんに襲われるのを静観するわけにもいかない。



 だから、苦肉の策だ。

 ハルを玩具・・にして、聖羅せいらちゃんに少しでも満足してもらう。


 その方が、自分でやるよりもあたしがやるよりも、一番効く・・から。


 そんなわけでハルの手を借りたのだけど……



「ぅっ……わっ……」



 ハルの指が侵入し、聖羅せいらちゃんの身体が跳ねる。擦れる度にビクビクと反応して……そんなに気持ちいいのだろうか?


 彼女の声と反応があまりにもエッチで、あたしもなんだかムズムズして……



「……あたしも良いよね、ハル……」



 誰にも聞こえないぐらいの大きさで、美藍みらんは独り呟く。


 あたしだってずっとシたいと思っていたのに、こんなのを見せられてお預けだなんて許せない。聖羅せいらちゃんだけ、気持ちいい思いをしてズルい。



 美藍みらんは下腹部が疼く感覚に従うまま、ハルのもう片方の手をとり───











 それから俺が解放されたのは、およそ30分後。ぐったりして倒れ込んだらしい聖羅せいらさんを美藍みらんが連れて行き、俺は目隠しされたまま放置されたのだ。


 後に残されていたのは、聖羅せいらさんが使っていたタオルと、鼻を擽る甘ったるい彼女達の匂いだけだった。


 俺は悶々とする気持ちを落ち着けるために熱いお湯に浸かり、上がった後は美藍みらんの母のご厚意にあやかって夕飯をいただくことにした。



 もちろん食卓には美藍みらん聖羅せいらさんもいるわけで、気まずくなるかと思ったけど……どうして二人は俺をじっと見つめてくるんだ?


 やけに熱が籠ってる気がするけど……気のせいか……?



 お互いに何も喋らない夕食を終え、俺達はようやく帰宅したのだった。












「はぁ……ただいま……」


「遅いよお兄!」



 ようやく帰宅した頃にはすっかり日も落ち、夜が更けた頃であった。リビングでは、ホットパンツにシャツ一枚というラフな格好の千夏ちなつが、俺に気づいてソファを飛び降りた。



「普通に美藍みらんさんを送っていくだけだと思ってたんだけど……」


「夕飯いただくことになったって連絡しただろ?」


「それは別にいいの」



 持っていたスマホをポイッとソファに放り投げると、千夏ちなつは静かに目を閉じて鼻をひくつかせる。



「お兄、お風呂まで借りたんだってね? しかも、そんなに美藍みらんさんと雪谷ゆきやさんの匂いつけちゃって……」


「えっ……いやっ」



 確かめてみるも、ボディソープの香りしかしませんが……千夏オオカミの嗅覚はそれでも嗅ぎ分けられると……?


 ……なんか自分の身体から美藍みらんと同じ香りがするって変な感じだな……。



 そんな俺の顔を覗き込み、ムッとした表情を浮かべた千夏ちなつは───



「な、何ですか千夏ちなつさん……?」



 そのままグイッと身体を寄せて俺の首元に顔を埋めてくる。薄いシャツ一枚隔てただけの胸が当たるのも構わず、スンスンと匂いを確かめてくるのだ。


 俺はどうして良いかも分からず、両手を上げてされるがままだ。うっ……千夏ちなつもめっちゃ良い匂い……。



「スン、スン……ンフーッ……ダメじゃんお兄、こんなに色んな匂いつけちゃって……全部私が上書きして───んっ? ……っ!」


「な、何っ!?」



 何かに反応した様子の千夏ちなつが、慌てて俺を突き飛ばすように身体を離した。初めての反応……何かあったのか?



 無言のまま固まる千夏ちなつは、頬を赤く染めて俺を見つめてくる。


 沈黙すること数秒。

 先に口を開いたのは千夏ちなつだった。



「そ、その……ごめんね?」


「えっ、何の話……?」


「私先に部屋に戻るから、お兄も早く歯磨いて寝なよ……? それじゃっ」



 俺が引き留める間も無く、足早に自室へと戻っていってしまう千夏ちなつ。いったい何なんだ本当に……!?



        ♢♢♢♢



 自室に戻った千夏ちなつはそのままベッドに飛び込むと、枕に顔を埋めながらバタバタと足をバタつかせる。


 居ても立ってもいられなくなってしまう恥ずかしさと不安、ほんのちょっとの嬉しさと期待……そんな色々な感情が入り交じって、千夏ちなつは荒ぶっていた。



 しっかりお風呂に入ったとしても、オオカミの嗅覚には、春空はるくの身体についた美藍ヘビ聖羅ユキヒョウのわずかな匂いははっきり分かる。


 けど、問題はそこじゃない。

 シャンプーとボディソープと、美藍みらんさんと雪谷ゆきやさんの匂いの中に潜んだ、ずっと嗅いでいたくなるような良い匂い。


 千夏ちなつはその匂いに覚えがあった。



「お兄……もしかして、お兄も発情期に入りかけてる……?」



 そう、千夏ちなつ春空はるくに感じたその匂いは、間違いなく発情期のそれだった。



 ここ最近になって春空はるくの周りに美少女が増え、春空はるくも……そして千夏ちなつも、互いに異性・・を意識するようになった。


 だからなのか、千夏ちなつ春空はるくの発情期に気付いたのは、今年が初めてだったのだ。



「お兄が発情期なんて、そんなの……」



 千夏ちなつの脳裏に浮かぶのは、理性を無くした春空はるくにメチャクチャにされる自分の姿……。


 あっ……この妄想、かなりクる……♡

 もしお兄が本当に求めてくるなら、私は───



 そんな来るかも分からない未来に思いを馳せ、千夏ちなつの夜は更けていくのだった。

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