思ったより肉食かもしれない

 お昼休み。

 昼食を取りながら友達同士で話す者、複数人で集まってスマホゲームで盛り上がる者、一人机に向かいスマホを高速でタップし続けている者など、各々が思い思いに過ごしていた。


 そんな喧騒の中でもやけに目立つグループが一つ、教室の隅で注目を集めていた。



春空はるくの野郎……今日も聖羅せいらさんの手作り弁当かよ……」

「それだけじゃねぇ……美藍みらんちゃんと妹ちゃんも作ってきてんぞ」

「ぜってぇ食べきれないだろあれ……」

「だから皆でシェアしてるんだろうな……」


「つーか一人増えてない? 誰あれ」

「1年生? ってことは、妹ちゃんの友達とか?」

「あの子も結構可愛い……のか?」

「いや、周りが聖羅せいらさん、美藍みらんさん、妹ちゃんっていう『四大美女』ばかりだから目立たないだけで、普通に可愛いだろあれ」

「まさか、リスちゃんの奴もう1年生に手を出したってのか……」

「なんて奴だ……! 草食なんて嘘だろ、春空はるくは実は肉食獣なんだろ!?」



 そんな会話が、そこかしこから聴こえてくる。今年から『四大美女』となった美少女のうち、3人が集まっている様子は、誰もが気になって仕方がないらしい。


 そんなわけで注目を集めている俺達は……というか、聖羅せいらさんも美藍みらん千夏ちなつも、やけに注目されることに慣れてるんだよな……。


 注目されて落ち着かないのは、俺と杏樹あんじゅちゃんの草食同盟だけだ。



 そう、今日は昼休みに千夏ちなつ杏樹あんじゅちゃんが俺の教室にやってきたのだ。


 杏樹あんじゅちゃんが千夏ちなつと一緒に食べようとしたところ、俺の所に行くからとそのまま連れてきたのだろう。


 周囲が先輩ばかりで、しかも注目されて、ちょっと可愛そうな杏樹あんじゅちゃん……。



「えっ、お兄、学校祭実行委員会になったの?」


「そうなんだよ……聖羅せいらさんが俺と一緒にやりたいって」


「全然柄じゃないのに、お兄にできるのかな……」


春空はるく先輩なら大丈夫ですよ……!」


「私も、春空はるく君となら上手くやっていけそうな気がするわ」


「でも、聖羅せいらちゃんちょっとずるかった気がするわよ? 周りがあんな感じになったら、ハルは断る勇気なんて無いもの」


美藍みらんって時々シレッとディスってくるよね……」


「まぁ、お兄って昔からそんな感じだし……」


「まだ四月だからいいけど、近くなってきたら授業後に集まりとかあるんでしょ? 大変そうだし、手伝ってあげないこともないけど?」


「いや、大丈夫だよ。遅くなったら美藍みらんに悪いし、俺も決まったからには頑張るからな」


「えぇ、お兄……」


春空はるく先輩、それはちょっと……」


「えっ……皆して何? もしかして俺また地雷踏んだ?」


「私は春空はるく君に賛成だけど? 帰りが遅くなっても、私がちゃんと二人っきり・・・・・春空はるく君を家まで送るから。美藍みらんさんは心配せずに先に帰って?」


「それが心配だって言ってるんでしょ! 私も一緒に帰りたいから手伝ってあげるって言ってるの! 分かったら返事!」


「は、はいっ!」


「よろしい!」



 『手伝ってあげないこともない』というのは、『手伝ってあげるから一緒に帰ろう』ってことか……これだけ一緒にいても女心が分からない俺って……



「……美藍みらんさんも大概ズルいと思う」


「何がよ?」


「今の言い方も、春空はるく君には有無を言わせない感じだったし」


「伝わってくれればあたしも言わなかったけど……?」


「ぅっ……もっと精進します……」


春空はるく先輩……本当に仲が良いんですね……」


「まぁ……仲は良いと思うけど」


「私だったら、先輩達に睨まれたら泣く自信がありますから」


「お、おう……」



 そんなに自信満々に言わなくても……。



「べつに、あたしはハルがこんな風だからよく睨むだけで、誰彼構わず威嚇するなんてことはしないからね?」


「……でも、杏樹あんじゅさんも美味しそうな匂いがする……」


「ひっ……ゆ、許してくださいぃっ……!」


聖羅せいらさん、怖がらせるのは止めてやってくれよ……」


「そ、そこまで怖がるとは思わなくて……」



 震え上がって縮こまる杏樹あんじゅちゃんの背中を擦りつつ、聖羅せいらさんに苦言を一つ。


 俺が慣れているだけで、こういう反応が普通なんだよな……ヒョウに睨まれる草食動物って。



 俯いたまま、嗚咽を漏らして震える杏樹あんじゅちゃん。

 そんな彼女が落ち着くまで背中を擦る俺。

 泣くほど怖かったのかとおろおろする聖羅せいらさん。


 そんな中、美藍みらんはじーっと、穴が空くほどに杏樹あんじゅちゃんを見つめていた。



「ハル、ちょっと……」


「どうした?」


「……いや、そんなに女の子の身体に気安く触らない方がいいわよ」


「ハッ……泣いてると思ったらつい……! ごめん、嫌だった……?」


「んっ……ううん、大丈夫、ですっ……」


「泣いてるというか、どっちかと言うと発───」


「あっ……! そのっ、私そろそろ戻りますね……!」



 なにやら慌てた様子を見せた杏樹あんじゅちゃんは、あわあわと弁当を片付けて立ち上がり、教室を出ていってしまう。


 急に態度を変えたように見えたけど、何かあったのだろうか?



 杏樹あんじゅちゃんが去った直後、聖羅せいらさんと千夏ちなつが軽く目を閉じて鼻をひくつかせる。



雪谷ゆきやさん、これって……」


千夏ちなつさんが言うのなら間違いないわね……」


「えっ、何の話?」


春空はるく君、気を付けて。杏樹あんじゅちゃん、思ったより肉食獣かもしれない」


「えっ……マジで何の話!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る