ウサギにすら狙われるリス

まえがき


我ながらやべぇヒロインを生み出してしまったのかもしれない……


─────────────────────


 オオカミとウサギと言えど、そこはさすが女子同士と言うべきか。最近のファッションがどうだとか、担任の先生が、クラスの男子が……話題には事欠かない。


 ……のだが。



「まだ初日だってのに今日いきなり告白されてさ……」


千夏ちなつさん、可愛いですからね……」


「正直、全然知らない人にいきなり告られてもどうしようもないって……ぱっと見で判断して告白とか、軽すぎない?」


「まぁ、そうですよね……」


「あいつ、多分杏樹あんじゅちゃんにも声かけてくると思うよ? ああいうのって女子を連れ歩きたいだけで、相手の子じゃなくて女子を連れている自分が好きなだけだから」


「私にも……? そんなことは……」


杏樹あんじゅちゃん、実はめっちゃスタイルいいでしょ。あいつ、多分身体しか見てないから気を付けなよ?」



 ……千夏ちなつがクラスの男子を酷評しているのを聞かされる俺の身にもなってほしい。


 確かに千夏ちなつは、贔屓目に見なくてもかなりの美少女だ。

 しかし、彼女に声をかけた男子達は、漏れなくこんな風に思われているなんて……俺もクラスの女子にそんな風に思われていないか心配になってくる。



「……杏樹あんじゅちゃんもさ、髪型とか変えたらめちゃくちゃモテそうじゃない?」


「へっ……?」


「だって、前髪に隠れてるけど目だって大きいし顔立ちも整ってるし……猫背で目立たないけど、スタイルだって抜群じゃん? 男子が放っておかないと思うんだけど……」


「その……あんまり良い思い出がなくて……」



 少し俯いた杏樹あんじゅちゃんからそんな言葉が漏れ、千夏ちなつは『あっ、ヤバい』とばかりにやらかした表情を浮かべる。


 地雷を踏んでいくのは兄妹似てるな、本当……。



「その、ごめんね? 変なこと思い出させて……」


「いいんです……その、私は周りよりも成長が早くて、小学校の時から体型でからかわれることが度々あって……。猫背なのは、その時からの癖です……」


「…………」


「あまり目立たないようにしようって過ごしてきて、だから友達もいなくて……ぁっ、ごめんなさい、こんな話……!」


「ううん、私の方こそごめんなさい。無理矢理連れてくるようなことしちゃって……」


「違います……! 千夏ちなつさんに誘われたときは本当に嬉しくてっ……だから、ここにお邪魔したのは私の意思ですから……!」


杏樹あんじゅちゃん、ありがとう」


「えっ……?」



 俺の口から出たその言葉に、杏樹あんじゅちゃんはパッと顔を上げて俺の方を見る。



「少なくとも、千夏ちなつのことは友達として見てくれたってことだろ?」


「それはもちろんです……!」


千夏ちなつは今でこそモテまくってるけど、この性格だからさ……小学校の頃からケンカばっかり起こしててなぁ」


「ちょっとお兄?」


「だから友達を家に連れてくるなんてことなくて、杏樹あんじゅちゃんが来てくれたのが初めてなんだよね」


「そ、そうなんですか……意外です」


「だから、千夏ちなつが『連れてきたい』って思えるぐらいの相手がいてくれて嬉しくてさ、だから、ありがとう」


「い、いえ……私なんてそんな大したことは……」


杏樹あんじゅちゃんも自分をそんなに卑下する必要はないよ。だからといって、千夏ちなつの言う通りにする必要はない」


「ぇ……」


「変わろうって思っても、人ってすぐに変われるわけでもないしさ。千夏ちなつも何も変わらずに今の状態があるわけだし、杏樹あんじゅちゃんもそのままで良いんだよ。少なくとも、俺と千夏ちなつ杏樹あんじゅちゃんの友達だからさ」


「先輩……!」



 杏樹あんじゅちゃんの琴線に触れたのか、俺の手を両手で包み込み、胸の前でぎゅっと握りながら潤んだ瞳で見上げてくる。


 うっ……こうして見ると、確かに可愛い……。

 意気地無しの俺には眩しすぎるけど、目を逸らしたりしたら口先だけだと思われるかも。


 できる限りの笑顔で返しておく。



「お兄、杏樹あんじゅちゃんを狙ってる……?」


「えっ……? いやっ、そういうつもりじゃなくて───」


「少なくとも杏樹あんじゅちゃんはそう感じてると思うけど?」


「わ、私が……!? そんな、滅相もない……!」


「じゃあ、杏樹あんじゅちゃんから見たお兄ってどういう感じ?」


「どうって……優しくて頼りになりますし、猛獣の方達を手懐けていて尊敬しますし、側にいると安心するというか……」


「「えっ……?」」


「えっ……あの、私、変なこと言いました……?」


「いや、だって今の言い方……なんかお兄が好きみたいな……」


「えっ……ぁっ、っ~~!」



 カァァァッと杏樹あんじゅちゃんの顔が真っ赤になり、パクパクと口を開閉させる。



「いやっ、そのっ、そんなつもりはっ……!」


「ってことは、本心じゃない……?」


「いえっ、本心ですけどっ! でも違くてっ、そのっ、っ~~!」


「わっ!?」



 居ても立ってもいられなくなった様子の杏樹あんじゅちゃんが、両足をダンッと踏み鳴らす。


 ウサギ故の特性である脚ダン……『スタンピング』だ。ウサギが感情を訴える目的で行う習性だけど、杏樹あんじゅちゃんもやるんだ……



 って考えてる場合じゃないな。

 杏樹あんじゅちゃんのスタンピングで机が揺れたことで、千夏ちなつの膝にティーカップが落下したのだ。


 冷めてはいるものの紅茶は残っていたようで、千夏ちなつのスカートは派手に濡れてしまったようだ。



「あちゃー……早く洗わないと染みになっちゃう……」


「あっ、そのっ、ごめんなさい!」


「獣人の性質だからしかたないよ、千夏ちなつ、とりあえず着替えてきたらどうだ?」


「そうするっ! お兄、ちょっと掃除と杏樹あんじゅちゃんをお願い!」



 タオルをスカートに当てながら、千夏ちなつはパタパタと脱衣場へと急いだ。


 そんな後ろ姿を見つつ、俺は布巾で机や椅子を拭く。



「わ、私が掃除しますから……!」


「大丈夫だよ、別に火傷とかもないし、服も洗濯すれば問題ないからね」


「ごめんなさい……。あぅぅ……またやってしまいました……」



 心底落ち込んだ様子の杏樹あんじゅちゃんは、その場にうずくまる勢いで机に突っ伏し、か細い声でそう漏らす。



 まだ自己嫌悪に陥りそうで、俺は思わず慰めるように彼女の背中を擦る。



「んっ……先輩っ……!」


「わざとじゃないんだし、千夏ちなつも怒ってないと思うよ? そんなに気にする必要はないって」


「ぅっ……くっ……」



 身体を小さく震わせ、泣いてるような声が聞こえてくる。


 女の子の慰め方なんて俺には分からないけど、聖羅せいらさんや千夏ちなつは背中を撫でられると落ち着くらしいし……落ち着くまでしばらくこうしていようかな。



 この時、俺は知らなかったのだ。

 『背中を撫でる』という行為が、イヌとウサギでは訳が違うということを。



 ♢♢♢♢



 その後、着替えて戻ってきた千夏ちなつに謝り倒し、側にいてくれた春空はるく先輩にもお礼を言い、杏樹あんじゅは帰宅したのだった。



「うぅ……また明日謝っておかないと……」



 制服をハンガーに掛け、洗濯物を纏めながら、杏樹あんじゅは申し訳なさそうに呟いた。


 迷惑をかけたのに笑顔で送ってくれた千夏ちなつの姿を思い出し、再び落ち込みそうになる。が、世話をしてくれた春空はるく先輩を思い浮かべ、杏樹あんじゅは思わずニヤけてしまう。



春空はるく先輩……あんなに熱烈に……///」



 春空はるくに背中を擦られる感覚を思い出し、杏樹あんじゅはゾクッと身体を震わせる。



 イヌやネコが飼い主に背中を撫でられるのは、あくまでも親愛の証。『自分は仲間だ』と伝えたいだけだ。


 しかしウサギは……年中発情期のメスのウサギの背中や腰を撫でるというのは、それは性交に匹敵する行為に他ならない。



 それこそ、偽妊娠を誘発するほどの───



「ぁっ、はっ……♡」



 部屋に籠った杏樹あんじゅは、ジンジンと熱を帯びる自身の胸に触れる。偽妊娠とまではいかないまでも、こういった体質故に、彼女のスタイルは高校生とは思えないほど成熟したものであった。


 思い浮かぶのは、猛獣から守ってくれて……優しくて頼りになる、友達の兄の姿。


 一度火が着いた獣の本能は、留まることを知らないのだ。



「先輩っ、春空はるく先輩っ……春空はるくさんっ……あぁっ……!♡」



 熱烈なアピールを背中を撫でてくれた先輩の姿が思い浮かべ、杏樹あんじゅは一人、火照りを冷ます。しかしなかなか治らないまま、夜は更けていくのだった───

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る