オオカミとウサギの友情は成り立つのか?

「いいよ、杏樹あんじゅちゃん。入って入って!」


「お、お邪魔します……」



 千夏ちなつに促され、杏樹あんじゅちゃんはおずおずと玄関を潜った。緊張しているように見えるのは、まだ友達になったばかりの相手の家だからか。


 それとも……



「というか確実に、狼の住処・・・・だからだよなぁ」


「あ、やっぱり……?」


「い、いえ、大丈夫ですっ……!」



 杏樹あんじゅちゃんはそう言うものの、そわそわとして落ち着かない。


 まぁ家の至るところから千夏オオカミの匂いがするのだ。物心着いた頃から一緒の俺はともかく、今日会ったばかりの杏樹あんじゅちゃんには酷だろう。



「とりあえず、俺は飲み物用意するよ。俺が好きな紅茶だけど、同じ草食仲間の杏樹あんじゅちゃんなら気に入ってくれるかも」


「お願いね、お兄」


「んで、部屋に連れていくのは止めてやれよ? 狭い場所でオオカミと一緒とか、生きた心地がしないから」


「分かってるって」


「あと杏樹あんじゅちゃんを座らせるのは出入り口側で。急に大きな声は出さないこと、背後に回らないこと、あとは……」


「もー、分かってるから! 早くお茶淹れてきて!」


杏樹あんじゅちゃんを心配してるんだよなぁ……」



 まぁ、千夏ちなつは基本品行方正らしいし、変なことはしないだろ。


 初めてできた草食動物仲間を気にかけつつ、俺はとりあえず紅茶を淹れにいくことにした。



千夏ちなつさんがオオカミでお兄さんがリスって……本当なんですか……?」


「……あれ? 信じてなかったの?」


「いえ、その……すごく仲が良さそうで、オオカミとリスの関係にはあまり……」


「まぁ兄妹だしね……時々怖がられるけど、向こうも慣れてるし」


「朝一緒にいた、あの先輩達もですか……?」


雪谷ゆきやさんと美藍みらんさんのこと? 美藍みらんさんは幼馴染みだから慣れてると思うけど……」


雪谷ゆきや聖羅せいらさん……ですよね。あの方、かなりの猛獣では……?」


雪谷ゆきやさんはユキヒョウね。まぁ、確かに最上位かも」


「ひぇ……で、でも、お兄さんは普通に触れ合っていたような……」


「そうなのよ! いくら雪谷ゆきやさんが許してくれるからって、ちょっと触りすぎだと思うの!」


「ひゃうっ……!」


千夏ちなつ、いきなり大きい声出すなよ……杏樹あんじゅちゃん怖がってるだろ」



 俺がお茶を淹れてきたタイミングで、興奮した様子の千夏ちなつ杏樹あんじゅちゃんが怖がっていた。


 とりあえず千夏ちなつを諫めつつ、二人の前にティーカップを置く。



「あっ、ご、ごめんね? 元はと言えば、全部お兄が悪いから」


「俺のせいか!?」


「い、いえ! 大丈夫ですっ!」



 何を言い出すんだ千夏ちなつは……別に朝から聖羅せいらさんと美藍みらんを撫でただけで…………もしかして、千夏ちなつにはしてないからか?


 ……今やるのは止めよう、せめて杏樹あんじゅちゃんが帰ったあとかな!



「じゃあ俺はこれで。あとは二人で仲良く───」


「えっ……」



 俺がそう言って部屋を出ようとすると、杏樹あんじゅちゃんからそんな声が漏れた。


 座ったままこちらを見上げてくる少し潤んだ大きな目は、まるで俺を呼び止めるかのような……


 というか、『オオカミと二人にしないで』と言っているかのような目だった。



「うーん、よし! 俺もちょっと話に入っていいか?」


「先輩……!」



 俺がそう断って杏樹あんじゅちゃんの隣に座ると、顔を綻ばせた杏樹あんじゅちゃんが、ススッと椅子を近づけてくる。


 千夏ちなつの視線が鋭くなったのは、言うまでもない。



「お兄、なんでそんなに杏樹あんじゅちゃんに優しいのよ」


「しかたないだろ、せっかくできた草食仲間なんだから、できる限りの優しくしてあげたいんだ」


「ありがとうございます、先輩! 頼りになりますね……♪︎」


「むぅぅぅ……」



 むくれる千夏ちなつだが、確かにオオカミである自分が怖がらせているという自覚があったのだろう。不機嫌を隠せてはいないけど、反論はないようだ。



「でも、杏樹あんじゅちゃんもよく千夏ちなつと友達になったね? どっちかというと避けたい相手なんじゃないかと……」


「ちょっとお兄!」


「いえっ、その……朝の件もありましたし、申し訳なく思ってる私を気にかけてくれて……私はこんな感じだからずっと友達もいなくて、千夏ちなつさんに声をかけて貰えたのが嬉しくて……だから、千夏ちなつさんも先輩も、仲良くしてくれたら嬉しいです……!」


杏樹あんじゅちゃん……」


「もちろん、獣人とか以前に、同じクラスなんだから!」



 杏樹あんじゅちゃんの手を取ってそう訴える千夏ちなつ


 ちょっとビクッと身体を震わせた杏樹あんじゅちゃんだったけど、振り払うこともなく笑顔を返していた。



 新しくできた獣人仲間とは、俺達も仲良くやっていけそうだ。

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