狼狽える生徒会長

「新学期早々騒ぎを起こすとは感心しないな、後藤翔貴しょうき2年生、雪谷ゆきや聖羅せいら2年生」



 凛とした声でこの場を諫めたのは、この学校で一番の有名人……生徒会長のすめらぎアリサ先輩であった。


 文武両道、眉目秀麗、明眸皓歯……勉強面でも運動でも彼女に並ぶ生徒はおらず、ルックスもスタイルも、男女問わず憧れるほどだ。


 それでいて公明正大。曲がったことが嫌いな彼女を慕う者は多く、なるべくして生徒会長になった人物である。



 そんなすめらぎ先輩はこの場を一瞥すると、ふむ……と小さく頷いてから口を開いた。



「大方、複数人の女子に囲まれる有栖川ありすがわ君を羨ましがった後藤翔貴しょうき2年生が、変に突っかかっていったのだろう」


「ぅ……」


「私から一つ助言するなら……他人に嫉妬を向けるような男はモテないぞ、後藤翔貴しょうき2年生」


「 」



(((そんな丁寧にトドメを刺さなくても……)))



「そして、雪谷ゆきや聖羅せいら2年生」


「っ……」


「君のような肉食獣は、特に身体能力が高い。もし暴力沙汰が起きれば、不利になるのは自分だと覚えておいてほしい」


「っ……」



 すめらぎ先輩の目がまっすぐに聖羅せいらさんを射抜く。その瞬間に発せられた圧で、俺は思わず息を飲んだ。


 薄々思ってたけど、間違いなくすめらぎ先輩も獣人だ。それも、かなり上位種の。



「……ん」



 小さく頷いた聖羅せいらさんは、すめらぎ先輩から隠れるように、俺の斜め後ろに下がって手を握ってきた。


 そんな聖羅せいらさんの手は小さく震えていて───



 聖羅せいらさん、もしかして怖がってる? まさか……ユキヒョウが? ヒョウが怖がるほどの威圧って、すめらぎ先輩はいったい……



「うむ、分かってくれて嬉しいよ。では、私はこれで───」


「あれ……? ねぇアリサ先輩、アリサ先輩って、他の人を呼ぶ時フルネームで呼びますよね?」



 すめらぎ先輩が場を纏め、その場を去ろうとしたその瞬間、一部始終を見ていたクラスメイトの一人がそう彼女を呼び止めた。



「……? うむ、そうだが───」


「なんでリスちゃんだけ『有栖川ありすがわくん』なんですか?」


「「えっ?」」



 俺とすめらぎ先輩が、同時にキョトンとした声を漏らす。周囲の視線が……特に聖羅せいらさん、美藍みらん千夏ちなつの鋭い視線が俺に向けられる。



春空はるく君?」

「ハル、まさか先輩にも手を……?」

「お兄、いつの間に手を出したの!?」


「いやっ、違っ───お、俺はただこの前すめらぎ先輩に助けてもらっただけで……!」


「本当かしら?」


「本当だよ! 俺はただ先輩と一緒にスイ───」


「まっ、ままま待てっ! それは口外しない約束だろう!」


「んむっ……!」



 テンパってあの日のことを言いかけた俺の口を、すめらぎ先輩が咄嗟に塞ぐ。


 後ろから羽交い締めにするように押さえられたからか、背中にすめらぎ先輩の柔らかい何かが───



「ずいぶん仲良さそうじゃない、ハル」


「確かにちょっと仲良くなれた気はするけど……!」


「決して疚しいことがあったわけではないぞ!?」


「……じゃあ二人で何をしてたのか言ってみなさい」


「「…………」」


「ほらっ! 言えないようなことしてたんじゃないの!」


「うぅぅぅ…………あ、あれだよ! この前俺がヤンキーに絡まれて……!」



 言い訳が苦しくなった俺は、咄嗟に適当な話をでっち上げる。


 ヤンキーに絡まれてカツ上げされている時、たまたま通りかかったすめらぎ先輩に助けてもらった、というストーリーだ。



 男女逆だったらラブコメに発展するんだけどな……どう考えてもすめらぎ先輩がカツ上げされる場面が考えられないから、俺がやられる側になるしかない。



「う~ん……なんだか怪しいけど、納得できない訳じゃないわね」


春空はるく君は守られる側だから」


「お兄、それってどこの誰? 教えてくれたら私が喉笛噛み千切って来るけど」


「いや、怖い怖い怖い! すめらぎ先輩が何とかしてくれたから大丈夫だって! ね、先輩!?」


「あっ、あぁ、そうだな! 他の生徒を守るのも生徒会長わたしの仕事だ、任せておくと良い!」



 咄嗟に話を合わせてくれるすめらぎ先輩はさすがだ。


 と、先輩の方に視線を送ると、小さくウィンクを返してくる。『誤魔化してくれてありがとう』ってところかな……?



 すめらぎ先輩の自爆で騒がしくなった空気も徐々に収まり、新学期早々の暴走事件は未然に防がれたのであった。











 ようやく帰れる雰囲気になり、俺はそそくさと離脱───しようと思ったが、千夏ちなつからは逃げられなかった。


 サクッと捕獲された俺は、千夏ちなつに引かれるままに校門まで連れてこられたのだった。



「……それで、千夏ちなつさん。どうして俺の手を握ったままなんです?」


「だって……お兄が一人で帰ったら、また変なやつに絡まれるかもしれないじゃん」


「大丈夫だろ……俺だって男なんだし」


「私より弱いんだもん」


「ぅっ……」



 ご、ごもっともで……。

 妹に守られる兄……情けねぇ~……。



「で、ここで立ち止まってるけど、誰かを待ってるんです?」


「うん……杏樹あんじゅちゃん、お兄も知ってるよね? あの子とクラス一緒だったから早速友達になって……」


「へぇ、良かったじゃん」


「それで、いきなりだけど今日家に呼んでるんだよね」


「へぇ……えっ?」

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