おやすみ、美藍

まえがき


コメントであったので、急遽書いてみました。ツンデレからツンが無くなった美蘭ちゃん……


─────────────────────


 ピンポーン!



「えっと、有栖川ありすがわです……」


「あら~、いらっしゃい♪」



 夕方、俺は美藍みらんの家にやってきてインターホンを押した。この時間には帰ってきていたようで、パタパタとスリッパを鳴らして出迎えてくれたのは、美藍みらんの母親だった。



 彼女は美藍みらんほど強くはないもののヘビの特性を有しており、ゆるふわな雰囲気と、縦に割れた瞳孔とのギャップがすごい。


 それに、実年齢よりもはるかに若く見えるのだ。



美藍みらんは部屋にいるわよ♪ ハルちゃんが来てくれたのなら、きっとすぐに元気になるわね♪」


「検診で疲れているでしょうし、ちょっとでも力になれればと思います」


「うふふ、ありがとう♪」



 ヘビとしての特性が強い美藍みらんは、小さいころから検診が一日がかりで行われていた。その度に体力的にも精神的にも疲れ果ててぐったりすることが多く、俺が彼女の元を訪れて甘やかすというのは毎回の事であった。


 ……高校生になってもそれが続くから、正直言って理性との戦いだ。



「ところで、美藍みらんとはいつ頃結婚するのかしら?」


「えっ———いやっ、えっ!?」


「うふふ、ハルちゃんなら大歓迎なのだけど……」


「いやっ、あのっ、俺たちまだ高校生ですから!」


「それなら、卒業したらかしら?」


「と、とりあえず美藍みらんの部屋行ってきます!」



 おばさんの話を遮り、俺は美藍みらんの部屋へと直行する。今から本人に会うってのに、変な想像するからやめてくれ!



「あらら……美藍みらんも望んでいることなのだけど……」



 慌てて階段を上がっていく春空はるくの背中を見て、美藍みらんの母親は小さく呟いた。



        ♢♢♢♢



 美藍みらんの部屋のドアを遠慮がちに数回ノックする。

 すると……



「ハルでしょ……入ってきて……」



 か細い声で発せられたその言葉を、リスの耳は聞き逃さなかった。



「お邪魔します……」



 静かにドアを開けて中に入ると、ベッドの上で横になり、目を閉じたままの美藍みらんの姿があった。身体を温めるためか、毛布を首元まで被っている。



「ごめんね、ハル……こんな格好で……」


「別にいいよ、いつものことだしね」



 検診がある日は、朝から採血だのCTだの……果てはピット器官や毒腺の検査もされるらしく、しかも検査に影響するからと、許可されたものしか食べることができないらしい。


 今では『必要なこと』と割り切っているものの、小さいころからそれを受けてきた美藍みらんは、今ではすっかり病院嫌いになっていた。



「ケーキ買って来たけど食べるか?」


「本当? あとで食べるぅ……」



 『ケーキ』という言葉に反応し、少しだけ目を開ける美藍みらん。昼間、すめらぎ先輩と一緒に入ったお店はテイクアウトももちろんできるため、美藍みらん用に一つ用意しておいたのだ。


 とはいえ、未だに起き上がってこないところを見ると相当疲れているのだろう。



「大丈夫か?」


「ダメ……なんだかすっごく疲れた……。いつもの・・・・してほしいかも……」


「ん」



 美藍みらんのおねだりに短く返事をした俺は、ゆっくりと毛布を捲り上げ———



「っ!?」



 薄い紫色の、胸元ゆるゆる肌スケスケのキャミソール姿の美藍みらんが現れ、俺は思わずたじろぐ。


 冷静に考えたら、俺はこんな美少女を……



「……さむい……」


「ご、ごめん……!」



 煩悩をひとまず頭の隅に追いやり、美藍みらんの背中に腕を回して抱き上げ───腰細っ……前『肉がついてきた』とか言ってたのに、全然そんなこと無いじゃん……。


 美藍みらんが俺にしっかりと抱きついてきたのを確認すると、ベッドに凭れるように座り、自分ごと毛布を被るように美藍みらんを包み込む。


 正面から抱き合い、彼女の頭がちょうど俺の顎の下に来るぐらいの位置だ。



 小さいころからの慣れで、この状態が一番落ち着くらしい。



「あったかぁい……♪」



 その証拠に、美藍みらんはすりすりと頬を摺り寄せてご満悦な表情だ。ひとまず、美藍みらんが満足するまでこの状態でいるのが一番良い。



「聞いてよ、ハル……」


「うん」



 俺の胸に頭を預け、目を閉じたままの美藍みらんが口を開く。



「今日ね、牙を見るって言ってね……ぐぃっと口開けられて毒を取られたの……ちょっと痛かった……」


「大丈夫だったのか?」


「うん……でもね、その代わりちょっと褒められた」


「何を?」


「歯が綺麗だねって……」


「そっか、ちゃんと歯磨きできる美藍みらんは偉いな」


「……♪」



 さらさらとした金糸の髪に指を通すように、美藍みらんの頭を優しく撫でてやる。それが気持ちよかったのか、美藍みらんは顔を綻ばせた。


 ……なんだか小学生を相手にしているような気分だけど……疲れ切った美藍みらんから『ツン』が消えて、幼児退行することは極まれにあることだ。



「そのあと、CTも撮ったのね……?」


「うんうん」


「狭いところは得意なんだけど……寂しくなっちゃって」


「寂しい?」


「うん……ハルが居なくて寂しかった……」


「っ……」



 なんなんだこの可愛い美藍みらんは……!



 意識があるのかないのか微妙なので、それが本心かどうかは分からないけど……普段の美藍みらんからは聞くことが出来なさそうな言葉だ。


 まぁ、元に戻ったら忘れてるだろうけど。



「あとね、消毒の匂いがきつくて……」


「あ~。それは俺も分かるな」


「そうでしょ? それが一番つらかった……」



 そんな風に美藍みらんの愚痴を聞きながら、頭や背中をなでなで。次第に声が小さくなっていった美藍みらんは、気が付けば俺の胸の中ですやすやと寝息を立て始めた。


 無防備な姿にそういう気持ち・・・・・・・が湧かない訳ではないけど……俺を信頼して身体を預けている美藍みらんを裏切るわけにはいかない。



「おやすみ、美藍みらん



 俺は彼女の小さな身体を受け止め、静かに起きるのを待つことにしたのだった。

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