新しい春の始まり

「待ちに待ったこの日が、ようやく来ましたね!」


「ついに来ちゃったわね……」


「毎日のように『楽しみだ』って言ってたもんなぁ」


「でも、新しい制服・・・・・似合っているわよ、千夏ちなつさん」



 朝からハイテンションで声を上げる千夏ちなつは、俺達と同じ制服・・・・・・・に身を包んでいる。そう、千夏ちなつはこの4月から、俺と同じ高校に入学したのだ。


 昨日入学式を終え、今日は始業式を行う。そして今日が在校生と新入生が顔を合わせる、最初の日となるのだ。つまりそれは、俺と千夏ちなつが一緒に登校する最初の日となるということでもある。



 毎日美藍みらん聖羅せいらさんと一緒に学校に向かう俺の背中を眺めながら、自分は違う方向へと歩かなければならない……そんな寂しさからついに解放される千夏ちなつは、朝からハイテンションになるのも仕方がないことであった。



「とにかく入学おめでとう、千夏ちなっちゃん」


「えぇ、本当におめでとう」


「ありがとうございます! 今日からは私も一緒に登校しますからね、お兄の独り占めはさせませんから!」


「騒がしい毎日になりそうね……」



 少し呆れたようにそう呟きながらも、嬉しそうに口角が上がるのを隠せていない美藍みらん。なんだかんだ言って、美藍みらん千夏ちなつの事気に入ってるんだなぁ。



「そろそろ行こうか? 初日から遅刻なんてしたくないし」


「行こっか、お兄!」



 支度を終えて家を出ると、サッと俺の右手を握る千夏ちなつ。それに一瞬遅れ、左手を握った美藍みらん


 出遅れた聖羅せいらさんが伸ばした手が行き場を無くし、基本的に無表情の聖羅せいらさんが、心なしかしょんぼりしている様子だった。



「……仕方ないわね、今日の主役は千夏ちなつさんだから」


「ここは私の専用席です!」


美藍みらんはいいの?」


「……手を握ってないと迷子になるから?」


「ちょっと、私を小学生か何かだと思ってるのかしら!?」


「誰が見ても小学生だと思うけど……?」


「このっ……あんたみたいな恵体と比べないでくれるかしらっ! あたしが小さいんじゃなくてあんたがでかいのよ!」


「んやっ……! 待っ、ぁんっ……!」



 声を荒げた美藍みらんは何を思ったのか、容赦なく聖羅せいらさんの胸を揉みしだく。


 制服の上からでも圧倒されるほどに大きい聖羅せいらさんの胸に、美藍みらんの小さな手が沈み、柔らかそうにムニムニと形を変える。なんかもう、片方を揉むだけでも、美藍みらんの手の大きさじゃ両手を使わないと難しそうだ。


 正直、聖羅せいらさんがでかいのも美藍みらんが小さいのも、どちらもその通りなんだけど……。聖羅せいらさん、時々鋭い物言いをするよね……。



「あんな二人は放っておいて早く行こ?」


「っ……! そ、そうだな……!」



 俺が聖羅せいらさんの胸に見惚れていたのがバレたのか、千夏ちなつにミシッと軋むほど強く手を握られる。俺は抵抗できず、千夏ちなつに引っ張られるように後をついていった。











 その後、追いついた美藍みらんに手を握られ両手を塞がれた。聖羅せいらさんは仕方なく、俺の背後にぴったりと立って制服の裾を摘まんでいる。


 ……美少女に囲まれるのはいいけど、これ傍から見るとどんなふうに映ってるんだろう……。


 謎の緊張感に苛まれながらも、学校へと向かって歩くこと数分……交差点に差し掛かった時の事だった。



「ぁうっ……!」


「きゃっ!」



 突然、左側から走ってきた人と美藍みらんがぶつかり、二人が揃って俺の方へと倒れ込んできたのだ。


 そこは獣人ゆえの反応速度で……と言いたいところだけど、背も小さくて力も強くない俺には、美藍みらんともう一人の人物を支えられるほどの力はない。


 咄嗟に2人を身体で受け止めたはいいものの、勢いに負けて俺の身体は後ろへと倒れかけ———



「んっ……!」


「あっぶな……!」



 同じく超反応を見せた聖羅せいらさんと千夏ちなつに受け止められ、転ぶのは免れることができた。


 うーん、エアバックっぱい……じゃなくてっ!



 後頭部と肩に感じる、聖羅せいらさんと千夏ちなつの柔らかい感触を頭の隅に追いやり、何とか美藍みらんとその人物を立たせる。



 ぶつかってきたその人物は、俺よりも少し背が低いぐらいの、眼鏡をかけた少女だった。黒髪を三つ編みにして、少し猫背になっている様子を見ると……悪い言い方をするなら、典型的な陰キャって感じだ。


 いや、ごめん。俺も人のことを言えない程度には陰キャって感じの見た目だけどね。



「あっ、あのっ、ごめんなさい……!」


「いきなり飛び出してくるなんて危ないじゃない!」


「とりあえず? 二人ともケガはない?」


「私は大丈夫だけど……ありがとう、ハル」


「は、はいっ! あの、受け止めてくださったおかげで私もケガはないです!」


「それは良かった……けど、交差点で跳び出したら危ないでしょ?」


「そうよ。私達だったからまだいいけど、車だったら無事じゃすまないわよ?」


「ひっ、あのっ、そのっ———」



 美藍みらん聖羅せいらさんの鋭い視線が、彼女を射抜く。二人とも彼女の身を案じた言葉だったけど、あの視線は俺でも震えるからなぁ。ちょっと可哀そうな気も……



「ご、ごめんなさいっ!」


「「「っ!?」」」



 聖羅せいらさんと美藍みらんの視線に耐えられなかったのか、二人の視線から逃れるため、その少女はなんと俺の背中に身体を寄せて隠れたのだ!

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