猛獣達に囲まれる朝

 とある休日の朝……と言っても、窓から差し込む日差しの強さから察するに、すでに昼に近い時間だろう。


 その光で夢から覚めた俺は、部屋に何者かの気配を感じて意識を急浮上させる。



 ゆっくりと目を開けると、そこにはもはや見慣れた光景があった。



「あっ……ほら、起きちゃったじゃない。千夏ちなっちゃん、罰ゲームね」


「今の私ですか!? ほとんど雪谷ゆきやさんじゃないですか!」


「ううん、最後は千夏ちなつさんだから」



 俺の顔を覗き込むようにベッドに身を乗りだし、何やら言い合っているのは、もちろん聖羅せいらさん、美蘭みらん千夏ちなつの3人だ。


 『罰ゲーム』とか『最後』とか、色々気になる言葉が聞こえてくるけど、何のことだろうか……



「せっかくの休日なのに……みんなして俺の部屋に集まって何してるのさ」


「休日だから・・・でしょ。遊ぼうと思ったら、ハル寝てるんだもん」


「お兄、昨日の夜夜更かししてゲームしてたもんね?」


「その代わり、せっかく来たのだから春空はるく君の寝顔を見せてもらおうと思って……」


「……俺の寝顔見てて楽しい……?」


「「「もちろん」」」


「えぇ……」


春空はるく君、結構可愛い顔してるもの」


「ね、女の子の格好したら、もう男ってバレないんじゃない?」


「女装なんてするかぁっ!」


「えー、似合うと思うのに……」



 美蘭みらんが不満そうに口を尖らせるも、目元が笑っている。俺の反応を楽しんでいるようだ。


 ……彼女達に対して俺がぎこちなくならないようにと、美蘭みらんなりの配慮だろうか。


 まぁ確かに、お陰で変に気を使わなくてよくなってるから助かる……けど、それも今のうちだけだ。



春空はるく君……いつもの・・・・、シてもらっていい……?」



 ほんのりと頬を染め、少しだけ甘い声を出した聖羅せいらさんは、俺に見えるように服の裾を捲り上げてヘソを露出する。



「っ───」



 これだ。

 あの日・・・から、聖羅せいらさんは毎日のように、こうして俺に撫でてほしいとねだってくるようになった。


 最初は断ったり誤魔化したりしていたものの、次第に学校内でもねだるようになってきて……



 さすがにそれは止めてほしいわけで……俺はついに折れて、『一日に一回だけ』という条件で撫でてやるようにしているのだ。


 それで一日は大人しくなるから、ひとまずそんな関係を続けている。



「んっ……♡」



 聖羅せいらさんのお腹に手を当てて優しく撫でると、彼女は嬉しそうな声を漏らして身を捩る。


 ……あまり気にしすぎると俺もヤバイから、聖羅せいらさんが満足するまで無心で続けることにする。



「……ハル、いつの間にそんなに手懐けたのよ」


「そ、そうです! 羨ま───じゃない、お腹を撫でてほしいなんていやらしいですよ!」


「何を言ってるのかしら、千夏ちなつさん……もしかして、自分はいやらしくないとでも?」


「えっ……何を───」


「首のそれ、ワンちゃんの首輪じゃなくて……?」


「あっ……! こ、これは違います! ただのチョーカーですっ!」



 聖羅せいらさんの発言で千夏ちなつへと目を向けると、その首には見覚えのある首輪が装着されていた。



「どう見てもペット用───んぅっ♡ 春空はるく君、今激しくしないでっ……♡」


「ご、ごめん、つい……」


「べ、別にっ……今はこれを着けたかった気分なだけですしっ!」


「ふぅん、ペットな気分なのね…………もしかして、春空はるく君のペットになりたい……とか?」


「ひぅっ……♡ だ、誰かお兄なんかのっ……♡」



 俺は二人の会話はあまり理解できないけど、二人に通じ合う何かがあるなだろうか……?



「はぁ……二人とも似たようなものじゃない……」



 そう言って呆れた表情を浮かべる美蘭みらんは、俺と違って二人の内心を理解しているようだ。



 睨み合う聖羅せいらさんと千夏ちなつを、一歩引いたところから眺める美蘭みらん。そんな彼女に目を向けると───



「……ふふ」


「っ!?」



 上着とインナーをはだけて肩を露出し、顎下まで届く先の割れた舌スプリットタンをずるりと出して見せつけてくる。


 挑発的な眼や表情も相まって、なんかもう、エッッッッッッッ!



美蘭みらんさんも何か言ってください! 雪谷ゆきやさんだけ毎日いい思いをしてるんですよ!」


「それを言うなら千夏ちなつさんだって……兄のペットになりたいだなんて、そっちを先に止めた方がいいわよね?」


「ん~……別に、好きにすればいいんじゃない?」


「なっ……!」


「……この状況で美蘭みらんさんがこんなに落ち着いてるの、怪しいわね……」


「だって……あたしはもう予約済みだもん。ね、ハル?♡」


「「っ!?」」


「ひっ……!」



 ギンッ! と鋭くなった聖羅せいらさんと千夏ちなつの視線が俺を貫く。


 あ、相変わらずナイフみたいな眼力だね……?



「お兄、予約って何!?」


春空はるく君、『予約』について説明して」


「いや、あの……助けて美蘭みらん……」


「ふふ、頑張ってねハル♡」


春空はるく君?」

「お兄!」


「ちょっ、待っ───」



 美蘭みらんの一言に触発され、さらに激しく迫ってくる聖羅せいらさんと千夏ちなつ


 あっ、無理。

 結局俺は、いつまで経っても肉食獣に勝てる日は来ないのかもしれない。




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