ヘビは人に懐かない

「ハルは、その……な、舐めるのが好きなんだよね……? あたしにだったらいいから……シて……?」


「なっ、なっ───」



 予想外の光景に、俺は目を逸らしたまま硬直する。美蘭みらんの今の姿は、昨日の聖羅せいらさんを真似たものに間違いない。


 つまり、昨日の聖羅せいらさんとの出来事を聞いた美蘭みらんが、それと同じことをしようとしているのだ!



 いや、それでもおかしい。

 いつもだったら、美蘭みらんは『ふしだらだ』と俺と聖羅せいらさんを叱っているはず。


 そうせずに美蘭みらんも乗ってくるなんて、どういう風の吹き回しだ……?



「やっぱり、あたしだと嫌なの……?」


「全然嫌じゃない……じゃなくて! 一旦落ち着け、な?」



 なんとか理性を保ち、先程脱いだブレザーを美蘭みらんにかけてやる。


 美蘭みらんは俺のブレザーに身を包んで目尻を下げつつも、頭の上に『?』が浮かんでいる。



「あれ……? ハル、我慢できるの……?」


「いや、ドキッとしたけど……さすがに理性がなくなるほどじゃ……」


「?? 発情期・・・なのに……?」


「はい……?」



 美蘭みらん、何か勘違いしてないか?


 上手く話が噛み合わない美蘭みらんから詳しく話を聞いてみると、どうやら彼女は、聖羅せいらさんから『俺が発情期に入った』と吹き込まれたらしいのだ。


 そのせいで俺は理性をなくし、聖羅せいらさんのお腹を舐め回したとかどうとか……



「いや、間違ってないけど……発情期にはなってないからな!?」


「そ、そうなの? 確かに発情期には早いなって思ったけど……待って、間違ってないって言った?」


「えっ、あっ、いや───」


「じゃあ、ハルは本能じゃなくて自分の意思で聖羅せいらちゃんのお腹を舐め回したってこと!?」


「いやっ、違っ……違くないけど違うっ!」


「結局それってそういうのが好きってことじゃない! せっかくあたし、覚悟して───」



 声を震わせながらそう呟く美蘭みらん。そんな彼女の手からポロッと落ちたのは、個包装された小さな何か。



美蘭みらん、それってもしかしてゴ───」


「言うなぁっ!!」



 瞳孔を狭め、牙を剥いてそう怒鳴る美藍みらん。髪のざわざわと蠢き、本気で怒っている時のそれだ。まずい、雷が———



「ふぐっ……うぇぇぇぇぇぇんっ!」


「!?」



 声を上げて泣き出した美藍みらんを見て、俺は今までにないほど焦り始める。美藍みらんが泣くなんて初めて見た……。



「ハルのバカッ……ぐすっ、うぅぅぅぅぅっ……!」


「ご、ごめん! ほら、落ち着いて、な?」



 美藍みらんの背中を擦りながら、何とか宥めにかかる。

 彼女が落ち着くまで、しばらくかかりそうだ。



        ♢♢♢♢



 それから30分ほどたった後。

 ようやく落ち着き、部屋着に着替えた美藍みらんは、赤くなった目を軽く擦りながら俺の視線を向けてくる。



「それならそうと、先に言いなさいよ……めちゃくちゃ恥ずかしかったんだから……」


「ごめんって……そんな話になってたなんて知らなかったから……。いやでも、気遣いは嬉しかったよ、ありがとう」


「っ……」



 カァッと頬を染めて俯く美藍みらん。なんだこれ、いつもと雰囲気が違ってめちゃくちゃ可愛い———



「じゃ、じゃあ約束して……?」


「……俺にできることなら」


「その……っ~~! も、もしハルが発情期に入ったらあたしに言いなさい! その代わりあたしの時もっ———」


「そ、それは……!?」


「分かったら返事!」


「は、ハイッ!」


「よろしい!」



 勢いで押し切られたけど……互いに発情期になった時にって、それセフ———や、やめよう! 美藍みらんは今混乱してて、色々口走っちゃってるだけだ! そうだよな!?



「ところでハル……あたしの身体を見て、なんて言った?」


「えっ? いや、全然覚えてないけど……」


「『理性が無くなるほどじゃない』って言わなかった? あたしの身体に魅力がないってこと?」


「い、いやっ! それは言葉の綾でっ……!」


「なんかムカつく……ちょっと確認させて」


「えっ———」



 そう言いながら隣に座った美藍みらんは、スマホを開いて画像を俺に見せてくる。そこに映っているのは、最近人気のグラビア女優の写真だった。



美藍みらんさん……?」


「いいから。ハルはとにかく見てて」



 これを俺に見せて、どうしようというのだろうか……。

 数秒見せては次の画像、数秒見せては次の画像と繰り返していく美藍みらん


 少年誌の表紙を飾るようなものだから健全なものだけど、基本的に水着姿のそれは、ちょっと目のやり場に困る。



 女子と隣り合ってグラビア鑑賞するという謎の時間に戸惑いながら、俺は大人しく過ごすことにした。













「よーく分かったわ……やっぱりハルは変態じゃない」


「どういう意味———っ!?」



 しばらく様々な写真を見せられた後、美藍みらんは急にスマホを消してそんなことを言い出す。


 その真意を確かめるよりも早く、もこもこのルームウェアを脱いだ美藍みらんは、キャミソール姿となって両手で髪をかき上げる。


 その瞬間、露わになった彼女のに、思わず俺の視線は釘付けとなってしまった。



「ふふ……分かりやすく反応しすぎでしょ、ハル……。あんたさては、『腋フェチ』なのね?」


「っ~~!!」


「真っ赤になっちゃって可愛い……♡ 私にだったら正直になっても良いわよ? ほら……♡」


「ちょっ、待っ———」



 ベッドに押し倒され覆い被さってきた美藍みらんが、片腕を上げたまま目の前に見せつけてくる。視界を埋め尽くす彼女の腋と、鼻孔を擽る仄かに甘い香りに、頭がぼーっとしてくる。



「落ち着け美藍みらんっ、止め———」


「ふふ、ダーメ……♡」


「んぅっ……!」



 『ヘビは人に懐かない』とはよく言ったものだ。美藍みらん千夏ちなつ聖羅せいらさんのように言うことを聞いてくれることもなく———


 その後何があったかは、ひとまず心の底に閉じ込めておくことにする。

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