この変態っ! ……あたしが受け止めてあげるわよ……

「早く起きなさい、ハル!」


「ぐぇっ……!」



 翌朝、突如として響いた大声と腹に受けた衝撃で、俺の意識は急浮上する。この適度な重さと熱い体温は……



美藍みらんか……?」


「おはよう、ハル。早速だけど、この状況を説明しなさい」


「状況……? って———」



 美藍みらんに言われて気づいたのは、仰向けの俺の両側に感じる温もり。左右を見てみると、俺の腕を枕にして寝る千夏ちなつ聖羅せいらさんがいた。


 そして当の美藍みらんは、俺の腹の上に腰を下ろして腕を組んでいる。



 いや、マジでどういう状況?



「俺にも何が何だか分からないんだけど……」


「……まぁ、ハルが寝てるところに二人が来て、隣に潜り込んだってところかしら。ほら、聖羅せいら千夏ちなっちゃんも起きなさい?」


「んっ……」

「あっ……美藍みらんちゃん……?」



 美藍みらんに身体を揺すられた聖羅せいらさんと千夏ちなつも、ようやく目を覚ましたようだ。


 眠たげな眼を擦った千夏ちなつは、同じように身体を起こした聖羅せいらさんを見て一瞬固まり、わなわなと小さく震え始める。



「えっ……な、なんで雪谷ゆきやさんまでお兄の隣で寝てるんですか!?」


「なんでって……春空はるく君と千夏ちなつさんが気持ちよさそうだったから……?」



 聖羅せいらさんが言うには、俺を起こしに部屋まで来たものの、寄り添うように寝ている俺と千夏ちなつを見て眠くなり、俺の隣で寝てしまったということらしい。



「あっ……そうだった、私もお兄の隣で二度寝しちゃって……」


「まったく……あたしが来なかったら、みんな揃って寝坊するところだったわね」



 呆れた表情の美藍みらんの言葉は正論だった。昨日、一回中途半端な時間に寝たせいで夜は寝つきが悪かったんだよな……。しかも千夏ちなつまで二度寝なんて珍しい。



「ほら、二人とも早く離れなさい」


「んっ……寒いからもっとこのままがいい」


「ちょっ……!?」


「なっ……!」



 腕に感じる、柔らかく暖かい感触。聖羅せいらさんが俺の腕に抱きついてきて、胸がめっちゃ当たってる……!



「ゆ、雪谷ゆきやさん! ダメです、お兄も困ってます!」


「せ、聖羅せいらさん、当たってるから……!」


「んっ……分かった。でも、代わりにちょっとだけ撫でて……?」



 少し不満そうに俺の腕を放した聖羅せいらさんは、俺の手を取るとそのまま自身のお腹に当てる。


 昨日と違ってベストの上からとはいえ、聖羅せいらさんの体温は、手のひらを伝ってしっかりと伝わってくる。



「わ、分かったから……これで満足……?」


「♪」



 お腹をゆっくり撫でると、聖羅せいらさんはゴロゴロと喉を鳴らして目を細める。なんだか、猫カフェのネコみたいだ。



「お兄もっ! なんで普通に撫でてるのよ!」


「なんか聖羅せいらさん、お腹を撫でられるのが好きみたいで……」


「なんでそんなことを知って……まさか、実行済み!?」


「ん……昨日、蕩けるまで撫でて貰ったから……♡」


「なっ……!? 今すぐお兄から離れてください! 雪谷ゆきやさんでも容赦しませんよ!」



 牙を剥き、ガルルルル……と威嚇する千夏ちなつ。その威嚇は俺も怖くなるからやめてほしいんだけど……聖羅せいらさんに危険が及びそうなら止めるしかない。



千夏ちなつ、噛むなよ? 昨日のあれ・・じゃ足りなかったか?」


「あっ——あれだけじゃ普通直らないでしょっ……!」


「そうか……じゃあ直るまでしてやらないとな?」


「っ……♡ べ、別にやればいいけど……? あんまり私をイヌ扱いするなら、お兄も痛い目見せてやるんだからっ……♡」



 春空はるくの言葉に、強気にそう返す千夏ちなつは、無意識の内に自分の首に触れていた。



 千夏ちなつの奴、俺がビビるからすっかり味を占めてるな……。これはすこし厳しくやらないとダメそうだ。



「……ハル、あんた二人に何したの?」


「えっ……?」



 少し引き気味な声で、美藍みらんがそう問いかけてくる。



聖羅せいらちゃんがこんなに甘えるのも、千夏ちなっちゃんがこんなに分かりやすく挑発するのも、昨日までなかったでしょ……昨日の夜、何かした?」


「い、いや、別に……?」


「そんな分かりやすい嘘言わなくても……」


「いや、本当に! 美藍みらんが心配するようなことは何も———」


「今の瞬間、体温が0.08℃ぐらい上がったわよ。ハルって嘘つくとき身体が熱くなるから分かりやすいわね?」


「精密機械かよ! もう誤差だろそれ!」



 美藍みらんの熱感知、そんなに感度がいいのかよ……ってことは、今まで誤魔化してきたあれこれも、全部筒抜けだったってことか?


 な、なんてことだ……



「さぁハル、観念して洗いざらい話しなさい!」


美藍みらんさん、私が教えてあげるわ」



 キッと俺を睨みつける美藍みらんに声をかけたのは、聖羅せいらさんだった。美藍みらんもまさか聖羅せいらさんの方から教えてくるなんて思いもしなかったようで、きょとんとした表情で聖羅せいらへと目を向ける。


 そんな美藍みらんの耳に顔を近づけた聖羅せいらさんは、俺に聞こえないように何かを耳打ちする。



「っ……!」



 数秒後、ただでさえ大きい美藍みらんの目が、驚きにさらに大きく見開かれ、直後に鋭くなって俺を睨みつける。


 かと思えばキュゥッと瞳孔が狭まり、困ったように眉を八の字に歪める。その頬は、真っ赤に染まっていた。



「それ、本当……?」


「えぇ、実際にされたもの」


「っ……ハルの変態ぃ……」


「えっ、ちょっ、何言ったの聖羅せいらさん!?」



 美藍みらんがそんな顔するなんて珍しい。

 変なこと言ってるんじゃないよな……?



「そ、それならあたしも応えてあげなきゃダメね……。分かったわ……任せて、ハル。あんたが暴走しないように、あたしが全部受け止めてあげるわっ」



 しばらく目を伏せて悩んでいた様子だった美藍みらんは、頬を真っ赤に染めながらも意を決したようにそう宣言する。


 いや、ホントに聖羅せいらさんに何を言われたの!?

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