こんな身体にした責任、取ってよね……♡

「どうぞ、春空はるく君……いっぱい吸っていいよ……♡」



 どこか甘えるような、それでいて誘うような彼女の声が、俺の脳の奥へと突き抜ける。


 スカートを脱ぎ、その上シャツをたくし上げたせいで、今やお腹どころか腰周りも、下乳すら見えてしまっている。


 あまりにも非現実的で、劣情を煽るその光景に、俺は身体が火照ってクラクラしてしまう。



「……吸うのはおっぱいじゃないからね……?」


「っ……!」



 俺の視線はバレていたようだ。だってそんな格好で『吸って』なんて言われたら、そっち・・・を見ちゃうでしょうよ!



「ネコのお腹に顔を埋めて、やったんでしょ……? なら、私にもして……?」


「っ──」



 まるで聖羅せいらさんの言葉に操られるかのように、誘われるがまま俺はふらふらと彼女へと近付き、そして───



「んっ……!♡」



 彼女の背中に手を回し、その鳩尾辺りに顔を埋め、そして強く息を吸い込む。


 顔に感じる暖かさと……何より、脳へ直接叩き込まれるかのような、聖羅せいらさんの匂いに包まれる。


 甘ったるく感じるほどのファロモンの奥に、これまでの行動で火照っているのか、ほんの少し汗ばんだ香りがちらつく。



 それは、リスの本能を起こし、ヒトの理性を砕くのに十分すぎる威力があった。



        ♢♢♢♢



「ぁっ……春空はるく君……!?」



 ヘソよりもさらに上、春空はるくが顔を埋めている鳩尾辺りに感じたのは、生暖かい何かが肌を這う感覚。


 聖羅せいらの視点からでは胸に隠れて見えないものの、春空はるくに舐められたのだと、すぐに理解した。



「んくっ……そんなに好きなの……?♡」



 男に身体を舐めまわされているというのに、なぜか嫌な気はしない。むしろ、彼の舌が身体を這う度にゾクゾクとした甘美な刺激が身体を貫く。


 そんな私の様子も一切気にすることなく、一心不乱に甘えてくる春空はるく君がどうしようもなく愛おしくて……


 自然と手が伸び、彼の頭を撫でる。サラサラとした細い髪も、自分よりも小さい身体も、全てが愛おしい。



 春空はるくと知り合ってからずっと、心の奥に芽生えていたのはこれ・・だったのかと、聖羅せいらはようやく気づくことができた。



 時間にして数十秒、誰も喋らない静かな部屋の中に、小さく水の音が響く。


 春空はるくも興奮しているのだろうか。最初はあれだけ恥ずかしがっていたのに、今はむしろ、彼の方から襲ってくるほどだ。



 そんな状態に曝されていれば、聖羅せいらその気・・・になってしまうのも仕方がないことと言えた。



春空はるく君……♡」



 頭を撫でていた手が次第に下へと降りていき、春空はるくの頬を、首を撫でて背中へと回される。


 言葉にはせず、だが互いに求め合うように抱き締め合い───



「っ……!!」



 チクリとしたほんの僅かな痛みが聖羅せいらの身体を駆け抜け、瞬時に春空はるくの肩を掴んで身体を引き離す。



「はっ……はっ……」



 今のはたぶん、春空はるくの歯が触れたのだろう。


 荒く息をしながら呼吸を整えつつ、聖羅せいらは火照った頭で、自分が今感じたそれ・・を反芻し、困惑する。


 どうして、私は今───



春空はるく君……あれ……? ねぇ、大丈夫……!?」



 支えを失った春空はるくは、なんとそのままベッドの上に倒れてしまったのだ。


 慌てて聖羅せいらが呼び掛けるも、返事はない。どうやら気絶しているようだった。


 呼吸はしてるから大丈夫だと思うのだけど……



 春空はるく君にとっては、刺激が強過ぎて、キャパオーバーになってしまったのかもしれない。今までそんな経験はなかった春空はるくが気絶してしまうのも、仕方がないことだと言えた。











 ひとまず春空はるくをベッドに寝かせ、服装を整える聖羅せいらは、先程感じたあれ・・を思い返す。



(───どうして私はあの瞬間、春空はるく君に食べられる・・・・・と思ったのかしら……)



 普通ならあり得ないのだ。

 ユキヒョウである聖羅せいらが、『喰われる・・・・』と感じるのは。


 だが、春空はるくの歯が肌に突き立てられた瞬間に感じたのは、紛れもなく『喰われる』ことへの恐怖だった。


 そして、それ以上に聖羅せいらを混乱させているのは───



(私、春空はるく君になら食べられてもいい……ううん、食べられたいって思っちゃってる……♡)



 そう、聖羅せいら春空はるくに歯を突き立てられ、『喰われる』と直感した事実に、得も言われぬ悦びを感じてしまっていたのだ。


 ヒョウがリスに噛まれるなど、本来あるはずの無いこと。しかも、それでヒョウが『喰われる』と感じるのはもっとあり得ない。



 そんな矛盾が、想い人にそうさせられたという事実が、聖羅せいらの心に消えることの無い傷を刻み込んだ。



 『被虐性欲』───

 獣人のものでも、ヒョウのものでもない。聖羅せいらが自覚したそれは、聖羅せいらという人間・・が持つさがだった。



 未だに目を覚まさない春空はるくの顔を覗き込み、至近距離から見つめる聖羅せいら


 ……こんな気分にさせておいてお預けだなんて、生殺しにもほどがある。これでは、今夜独りで慰めるしかない、



 けどどうしてか、それを悦んでいる自分もいる。



「んっ……これからもずっと、よろしくね? 春空はるく君……♡」



 ゆっくりと、それでいて深くキスをし、寝ている春空はるくに向けてそう囁く。


 そんな聖羅せいらの瞳には、『一生に渡って添い遂げる』という、強い意志が宿っていた。

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