浮気……?

「……」


「なぁに、ハル。珍しく考え事しちゃって」



 翌日の朝、俺は美藍みらんの言う通り考え事をしながら歩いていた。


 ネコとの触れ合い方の予習・復習は完璧(のつもり)だけど、問題はどうやってその状況に持ち込むかだ。


 流石に学校で撫でたりなんてできるわけないし、家に誘ったとしても……触れるために家に誘うなんて、そういう目的・・・・・・だと思われても仕方がない。


 だからといって、『家にお邪魔していい?』なんて厚かましいし……



「いや、ちょっと聖羅せいらさんのことで悩んでて……」


「ふぅん……」



 スゥッと美藍みらんの目からハイライトが消える。

 あっ、これまた地雷踏んだか?



「私と一緒に居るっていうのに、他の女の子のことを考えてるなんて……」


「いや、違っ」


「ハルが聖羅せいらちゃんに気があるってことは知ってるけど、私にとってはあんまり面白くないんだから……」


「ご、ごめん……」


「ま、ハルが聖羅せいらちゃんを選んだとしても、あたしは諦めないけどね?」


「っ……」



 宝石のように綺麗な瞳をわずかに細め、決して気後れしない笑みを見せる。


 強い、とても強い。

 ホント、優柔不断な意気地なしでごめん……。












「おはよう、春空はるく君」


「お、おはよう、聖羅せいらさん」



 美藍みらんと分かれて教室に入ると、今度は聖羅せいらさんと挨拶を交わす。と同時に突き刺さる、クラスの男子からの視線……。聖羅せいらさんが名前で呼ぶ男子って、実は俺しかいないんだよなぁ。



「えっと……」


「何……?」



 その次の言葉を俺が言い淀んでいると、聖羅せいらさんは少しかがんで視線を合わせてくる。


 青く透き通った大きな瞳に俺の顔が映り、真っすぐに見つめてくる瞳に見惚れ、俺は目を逸らせなくなってしまう。



「そ、その……今日の帰り———」


「ん……ちょっと待って?」


「えっ?」



 聖羅せいらさんに言葉を遮られた直後、俺の目の前に迫ってきたのは、聖羅せいらさんの顔だった。突然のことにビクッと身体を硬直させた俺は、抵抗もできずに柔らかく暖かいものに包まれる。


 あっ、なんかデジャブ……



春空はるく君……浮気?」


「はっ……!?」


「浮気だと……?」

雪谷ゆきやさんが居ながら別の女子にも手を出してるのか!?」

桜庭さくらばさんか!?」

「いや、雪谷ゆきやさんは桜庭さくらばさんのことを認めていたはず……」

「じゃあ3人目ってことか!?」



 聖羅せいらさんの発言に、ありもしない噂が広まっていく。

 何回目だこれ!



「う、浮気って……?」


「……春空はるく君から知らない猫の匂いがする」


「ネコね! それ昨日ネコカフェ行ったからね!」


「私が居るのに、他の猫とイチャイチャしてたんだ……」


「ネコ……?」

「何かの隠語か?」

「えっ……リスちゃんって女の子を『子猫ちゃん』とかいうタイプ?」

「中身は実はオオカミだったってか?」


「ネコカフェだって言ってんでしょうが!」


「オオカミの匂いもするし……私の匂いが消えちゃってる……」


「えっ、あの———」


「今日、春空はるく君の家に行ってもいい?」


「俺の家に……!?」


「ダメ……?」


「っ———」



 ———いや、これはチャンスなのでは?

 聖羅せいらさんが家に来たら、またあのマーキング・・・・・が始まるに決まっている。


 そのタイミングで練習したことを発揮できれば、ワンチャン聖羅せいらさんを飼い馴らすことができるかもしれない。



 ……いや、『飼い馴らす』ってなんだよ。

 別に聖羅せいらさんに首輪をつけて飼おうだなんて———


 ふいに脳裏に浮かぶ、ネコミミと首輪を着けた聖羅せいらさんの姿。

 ……良い、とても良い……じゃない!

 クラスメイト相手にこんな妄想はヤバいな……。



「分かった……じゃあ、学校終わったら一緒に帰ろうか」


「うん……♪」



 ふわっと微笑む聖羅せいらさん。

 普通だったらここで見惚れるんだろうけど……その瞳の奥に垣間見えるのは、俺の狙う捕食者の目だ。


 けど、俺もやられてばかりじゃないぞ!

 この時のために練習したんだ……勝負だ、今回こそは返り討ちにしてやる!



 謎のやる気を漲らせる春空はるく

 そして半日後、春空はるくは新たな扉を開くことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る