予習・復習はしっかりとね

 と言うわけで、俺は学校を出たその足で、鷺沢さぎさわさんから教えてもらったネコカフェを訪れた。


 多種多様で可愛いネコが、思い思いにくつろぐその空間は、好きな人から見れば夢のような空間だろう。



 ……俺が『リス』とはいえ、さすがに普通のネコは怖くない。威嚇されるとビクッとなるけど、馴れてるネコならそんなことは無いし……。そもそも身体の大きさが違うから、自分より小さい相手にはあまり恐怖心を抱かない。


 そんなわけで、俺もネコカフェを楽しめるのだ。



「わわっ」


「お客さん、すごい人気ですね!?」



 俺が店内に入ってすぐ、俺は店員さんも驚くほどにたくさんのネコに囲まれることになった。しかし……



「あれ……?」



 一目散に駆け寄ってきて、近づいたところで急に足を止め、怪訝な表情でゆっくりと近寄ってきて匂いを嗅ぎ、『宇宙ネコ』みたいに虚無顔となる。


 いったいどういう反応なんだ、これは……?



「お客さん、もしかして家でネコ飼っていたりします?」


「えっ、あ——……いえ、飼ってはいないんですけど……」



 これ、間違いなく聖羅せいらさんの匂いがついてるからだな……。


 リスの雰囲気が滲み出る俺を見て、エサかオモチャかと思ったネコが寄って来たはいいけど、近づいたらヒョウの匂いがして混乱した……ってところかな。



「えっと、俺はどうすれば……」


「大丈夫ですよ! すぐに慣れると思いますし」


「そ、それならいいんですけど……できれば接し方とかも教えてくれませんか?」


「えぇ、もちろんです!」



 と言うわけで、ネコカフェ初心者の俺は店員さんにレクチャーしてもらいつつ、ネコとの触れ合いを楽しむことにした。














「お、おぉぉぉ……」



 しばらくしてネコの方も慣れてきたのか、俺に撫でられて気持ちよさそうにしている子が、膝の上に乗っている。


 喉を撫でてやると、ゴロゴロと音を出しながら穏やかな表情だ。



「頭や喉を撫でられるのも好きですけど、腰の辺りを撫でられるのも好きなんですよ」


「ここかな?」



 尻尾の付け根の、少し上あたり。

 ゆっくりと撫でてやると、ゴロゴロと音を出しながらリラックスした表情だ。



「す、すごい……俺にもこんなに懐いてくれるなんて……!」


「お客さん、触れ合い方が上手いですもん。この子たちがこんなにデレデレになるなんて珍しいですよ!」


「そ、そうなのかな……」



 もしかして、これも俺が獣人だからか?

 それも、本来はネコより弱い方の……。確かに、ネコからすれば、自分より弱い相手に警戒する必要はないからな。



「あ、そういえば……これ使えますか?」



 俺がポケットから取り出したのは、鷺沢さぎさわさんから貰ったクーポンだ。〇ゅーるを一本、サービスしてもらえるやつである。



「使えますよ! すぐにご用意しますね!」



 そう言って一度バックヤードに戻った店員さんは、〇ゅーるを持ってすぐに出てきた。俺がそれを受け取ると……



 さすがは『〇ゅーる効果』と言っておこう。

 〇ゅーるを見た途端、さらに寄ってくるネコたち。聖羅せいらさんの匂いにもなれたのか、俺の膝にまで乗ってきてねだる始末だ。



「へぇ、〇ゅーる専用のスプーンなんてのもあるんだ」


「えぇ、他にもお皿に出してあげたり直接舐めさせたり……お客さんの中には手に出して舐めさせる人もいらっしゃいますね」


「手で……!?」


「はい! あのザラザラした舌の感触が堪らないんですよ!」



 店員さんのその言葉に、脳裏に蘇ってくるのはあの時・・・の記憶。ベッドの上で、聖羅せいらさんのざらついた舌で耳を———



「お客さん?」


「ハッ……! な、なんでもないです!」



 いかんいかん……今回、俺はネコとの触れ合い方を学びに来たんだ。記憶の中の聖羅せいらさんに負けそうになってる場合じゃない……!



 ……と言いつつ、あの舌の感触が忘れられなくて、手の甲に〇ゅーるを出す俺。なんとなく性癖が歪んできたのかも知れない。



        ♢♢♢♢



「初めて行ってみたけど、これはハマる気持ちも分かるな……」


 

 可愛いしモフモフだし温かいし……とにかく癒される時間だった。撫で方や触れ合い方は店員さんのお墨付きを貰えたし、練習の甲斐があったというもの。



(ふふふ……これで聖羅せいらさんにリベンジするのも近いかもな!)



 謎の満足感と達成感に満たされた俺は、足取り軽く帰路に着くことにした。










「ただいま~」


「おかえり。お兄、今日は遅かったね?」


「あぁ、ちょっと寄り道してきた」


「ふぅん……んっ?」


千夏ちなつ? どうし———」



 俺が言い切るよりも早く、俺の胸に飛び込んできた千夏ちなつは、そのまま顔を俺の胸に埋めて、スンスンと匂いを嗅ぎ始める。


 ……その行動自体は昔からの事だから慣れたものだけど……眉間に皺を寄せて顔を放した千夏ちなつは、パタパタと鼻の前を手で扇ぐ。



「えっ、何!? 俺匂う!?」


「お兄、どれだけネコを触ってきたのよ……匂いがすっごい付いちゃってるわよ?」


「マジで? 〇ァブリースしたはずなんだけど……」


「そんなのでオオカミの鼻を誤魔化せるわけないじゃない! とりあえず、気になるから早くお風呂入ってきて!」


「わ、分かった、すまん……!」


「で、お風呂入ったらまた私のとこにきてね。確認してあげるから」


「お、おう……」



 千夏ちなつのプレッシャーに、俺は素直に従うことにする。


 うーん、流石はオオカミの嗅覚……リスである俺よりも、遥かに鋭いな……。と言うか、確認・・って……?



 風呂に入る直前、千夏ちなつが放ったその言葉が引っ掛かる。そして———



「スン、スン……ムフーッ……♡」


「 」



 風呂を出てすぐ、千夏ちなつの部屋を訪れた俺は、そのままベッドに押し倒され、彼女が満足するまで匂いを嗅がれ続けることとなった。



 くっ……明日にはイヌの躾け方法も勉強しておかなければ……!

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