猛獣に囲まれて震える小動物

「そこまでにしなさい、この発情ネコ!」



 その声にハッと我に返り、ドアの方へと視線を向ける。そこには、不機嫌そうな表情の美藍みらんが腕を組んで仁王立ちしていた。


 勇ましく登場した美藍みらんは、聖羅せいら春空はるくに視線を向け……人気ひとけのない密室で抱き合う男女、近くに脱ぎ捨てられた下着、聖羅せいらの巨乳に沈む春空はるくの両手……。


 自身の胸と聖羅せいらの胸を数回見比べた美藍みらんは、据わった眼を向けながら再び口を開いた。



「で、ハルはいつまで触っている気かしら?」


「ひっ! ご、ごめん!」



 怖かった……とても怖かった……。眼力だけで言うと美藍みらんが最強なんだよな、石にされそうで……。



「あれ……? 私は何を……」


「あんたもよ、聖羅せいら!」


「ご、ごめんなさい……?」


「分かったら早く服を着る!」


「うん……」


「っ!?」


「ちょっ……!」



 美藍みらんに促された聖羅せいらは、躊躇うことなくシャツを脱ぎ捨てる。俺の目の前・・・・・で。


 プルンッとして張りのある聖羅せいらの胸が目の前に晒され、俺の頭の中はパニックだ。


 あー、そうだよね。

 シャツを着たまま下着は着けられないもんね。

 いや、デッッッッか!?

 と言うか先っぽも見え———



「見ちゃダメぇっ!」


「うわっ!?」



 後ろから美藍みらんに抱き着かれ、両眼を覆われる。脳裏に焼き付いた聖羅せいらの裸体と、背中に感じる美藍みらんの温もりを感じながら、俺は暗闇の中を衣擦れの音を聞きながら過ごすことになった。



        ♢♢♢♢



美藍みらん、よくここに居るって分かったね?」


「ヘビは熱を見ることができるのよ。それもかなりの精度でね……あんた達がここに来るまでに通った道すら、あたしには分かるのよ」


「すごいのね……」


「幼馴染の新しい能力を知って驚いてるよ……」


「今まで使うことなかったしね。……それで、聖羅せいらはどうしてこんなことしたのよ?」



 目を吊り上げて聖羅せいらに視線を向ける美藍みらん。その口調は、不満が隠しきれていないようだ。



春空はるく君のハンカチの匂いで昨日からムズムズ・・・・してたんだけど……今日匂いを嗅いだらオオカミの匂いがして、『取られる!』って思って……すぐに自分のモノにしなきゃって。気付いたらこんなことに……」


「だからって、学校でこれはやりすぎでしょ!」


「……学校じゃなければいいの……?」


「えっ……いや、そういう話じゃ———」


美藍みらんは頻繁に俺の部屋まで来るもんね」


「ハルはちょっと黙ってて」


「はい、すみませんでした……」


「そういえば、春空はるく君からヘビの匂いもしたわね……。普段からどれだけ触れ合っているのかしら?」


「べ、別にいいじゃない」


「じゃあ私もいい?」


「それはダメ!」


「どうして? あなた達、付き合ってるの?」


「そ、そういうわけじゃないけど……」


「ならいいじゃない」


「う~……ハルも何か言ってやって!」


「うーん……でも、確かに怖い時もあるけど、結構悪くないなって……」


「ハルのむっつりスケベ! 反芻してるんじゃないわよ!」



 おっと、俺の手が勝手に聖羅せいらさんの胸の感触を思い出してしまっていたようだ。無意識のうちに手をワキワキさせていた。



「あたしだってちゃんとあるんだから! こっちのこともちゃん見て!」


「ちょっ……!?」



 美藍みらんは俺の手を掴むと、そのまま自分の胸に押し付けた。美藍みらんの身体は小学生のように小さいから、俺の手でも彼女に触れると大きく感じてしまう程だ。


 ブレザーの奥に感じる、つつましくも確かな柔らかさに、俺は再び顔が熱くなり———



「———あれ? 美藍みらん、ちょっと体温が低い?」


「う、うん……今日は寒いから。……あっ、意識したらだんだん眠く……」


「わ~っ! 待って、ここで冬眠するのはまずい!」



 ゆっくりと目を閉じていき、ふらふらし始めた美藍みらんを慌てて支える。


 と、とりあえず美藍みらんを家に帰さなければ!

 俺は何とか美藍みらんをおんぶし、聖羅せいらさんにも一つ。



「ごめん、聖羅せいらさん。俺が美藍みらんを背負っていくから、聖羅せいらさんは荷物を持ってきてくれる?」


「えぇ、もちろん」


「ありがとう! 美藍みらん、まだ寝るなよ?」


「んぅ~……」



 ぐずる赤ちゃんのように声を漏らす美藍みらんに話しかけつつ、俺は急いで昇降口へと向かう。後ろを付いてくる聖羅せいらさんが少し羨ましそうに見つめていることに、俺は気づくことは無かった。










 それから約30分後、俺達はようやく到着した。


 俺の部屋に。


 なんでだよ!

 いや、原因は分かってるんだけどさ……。



 帰り道、もう寝てるのか起きてるのかも分からない様子の美藍みらんが、『ハルの部屋がいい』と言い出し、流石にそれは……と思って、一度は彼女の家まで行ったのだ。


 しかし、到着しても美藍みらんは頑として俺の背中から降りず、彼女の母親も『うちの娘がすみません、よろしくお願いします……』と頭を下げる始末。


 そうして、結局俺の部屋まで連れてきたのだ。



 ようやく背中を離れてベッドに寝たはいいものの、美藍みらんはいまだに俺の手を放そうとしない。



美藍みらん、とりあえず毛布をかぶって身体を温めて……」


「んぁ……ハルが温めてぇ……」


「えぇ……」



 いや、さすがにそれは……男女が一緒に寝るなんてダメだろ。



「……じゃあ、こういうのはどう?」


「うわっ!」



 突然聖羅せいらに背中を押され、美藍みらんの隣に垂れ込む。そのまま聖羅せいらさんもベッドに乗ってきたようで、俺は美藍みらん聖羅せいらさんに挟まれることとなった。



「ちょっ、聖羅せいらさん!?」


「こうすればもっと暖かいでしょ?♡」


「そういう問題じゃ———」


「んっ、温かぁい……♡」



 仰向けに倒された俺の右腕を聖羅せいらさんが、左腕を美藍みらんが抱き締める。そもそも一人用の大きさのベッドだから、かなりの密着感だ。



 2人の体温と吐息を間近に感じつつも、次第に寝息を立て始めた2人を起こすこともできず、俺は息を殺して過ごすことになった。

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