マーキング

「期末テストもだんだん近づいていますので、早めに勉強をしておくように! それでは、終わりましょう」


「起立! 気を付け、さようなら!」


「「「さようなら!」」」



 帰りのHRが終わり、ふと雪谷ゆきやさんの方に視線を向ける。すると、彼女の方もこちらを見ていたようで、しっかりと目が合ってしまった。


 ついサッと目を逸らしてしまうのは、俺の意気地がないからだろうか。彼女の宝石のように綺麗な目で見つめられると、なんだか居たたまれなくなって……。



有栖川ありすがわ君?」


「はっ、はいっ!」


「……何で敬語?」


「いやっ、なんか……はは、何でだろう……?」


「クラスメイトなんだし、別にタメ口で良いのに。それで、今朝の話の続きなんだけど……ちょっと人が多いわね」



 キョロキョロとクラス内を見渡す雪谷ゆきやさん。今朝の騒動を見ていた生徒も多いからか、『今から何が起こるのだろう』と、興味津々な生徒達が多いようだ。



「移動しましょう?」


「なん───えっ?」


「来て」


「ちょっ……あぁぁぁ!」



 躊躇い無く俺の手を掴んだ雪谷ゆきやさんに引っ張られ、俺は教室を後にする。


 ぁっ……雪谷ゆきやさんの手、暖かくてスベスベ……じゃない! 力強っ!? いったい何処に連れていく気なんだ……。


 人がいない場所を目指しているのだろうか。俺は雪谷ゆきやさんに引っ張られるままに教室棟を出、そのままどんどんと人気ひとけのないところに連れてかれてしまったのだった。













「ハルッ!」



 その少し後、春空はるくの教室に飛び込んできたのは、息を切らせた美藍みらんだった。


 キョロキョロと教室の中を見渡し、春空はるくの姿を見つけられずに険しい表情を浮かべる。



「遅かったかぁ……」


「あぁ、有栖川ありすがわなら、さっき雪谷ゆきやさんと一緒にどっかに行ったぞ」


「っ!? 何処に行ったか分かる!?」


「さすがに分からん……けど、人がいないところが良いみたいな……」


「人のいないところね、ふぅん……」



 ストンッと表情が抜け落ちた美藍みらんは、その後、ギリッと奥歯を鳴らして目を細める。心なしか、髪がざわつくように揺らめいているようにも見える。



「泥棒ネコが……あたしのハルに手を出すだなんて、良い度胸じゃない」


「ひぇっ……」



 ニヤリと口を裂き、牙を剥く美藍みらん。その様子を見て小さく悲鳴を上げる生徒もいたようだが、彼女は構うことなく2人の捜索を開始した。



        ♢♢♢♢



 雪谷ゆきやさんに連れられるままにやってきたのは、図書室からさらにドアを一つ潜った『図書準備室』という場所だ。


 ただでさえ利用者が少ない図書室の、さらに図書当番の人からも死角になっているこの場所は、よほどの大騒ぎをしない限り誰にも見つかることはないだろう。



 雪谷ゆきやさんに合わせて駆け足でここまで来たせいで、すでに俺の息は上がっている。膝に手をついて深呼吸し、息を整える。



「ふぅ……雪谷ゆきやさん、どうしてこんな———」


「んっ」


「っ!?」



 俺の目の前で、突如としてブレザーを脱ぎだす雪谷ゆきやさん。窮屈そうにしていた胸が解放されると同時にブルンッと跳ね、下に着ていたカッターシャツのボタンが弾けそうなほど押し上げられている。


 思わず視線が吸い込まれてしまうのは男の性だ。


 しかし、驚愕はここで終わらなかった。

 俺が言葉を失って見つめている間に、なんと彼女は胸元のボタンを外し始めたのだ。



「ちょっ!? 雪谷ゆきやさん何してっ……!?」


「だって……こうした方が、ちゃんと匂いが付くでしょ……?」



 頬を染め、熱い息を吐きながら彼女は胸元から何かを引っ張り出す。

 俺の見間違いじゃなければ、どう見てもあれはブラ———



「えっ、ちょ———」



 白いカッターシャツ一枚を隔てたその向こうに、心なしか薄いピンク色の突起が見えるような……いかん、視線が吸い込まれる……!



「昨日あなたのハンカチの匂いを嗅いでからずっと、身体が疼いて……あなたが欲しくなっちゃったの……♡」


「んむっ!?」



 俺は抵抗する間もなく雪谷ゆきやさんに抱き締められ、顔が豊満な胸に包み込まれる。甘ったるいほどの彼女の匂いがダイレクトに脳を揺さぶり、身体を包む柔らかさと彼女の息遣いが、俺の理性を容赦なく削ってくる。



有栖川ありすがわ君……いえ、春空はるく君……あなたの美味しそうな匂い、すっごく好きかも……♡」


「んぅっ、っ……雪谷ゆきやさんっ!」



 しなやかな指が背中を這い、ムチッとした脚を絡められ、顔が埋まるほどに胸を擦り付けられる。訳が分からないまま、気持ちよさだけが俺の中に募っていく。



聖羅せいらって呼んでほしい……♡ ねぇ、もっと触って……?」


「ちょっ……ふぉぁぁぁぁあっ!?」



 おもむろに俺の手首を掴んだ雪谷ゆきやさんは、そのまま俺を手を胸に触れさせる。


 薄い布一枚隔てた向こうに雪谷ゆきやさんのおっ……胸が……! 温か……柔らかっ、いやっ重っ……!? こんな重りを付けたまま毎日過ごしてるなんて———


 いや楽しんでる場合じゃない!

 雪谷ゆきやさんの様子が変だ、何とか抜け出さないと……!



春空はるく君……直接・・触りたいよね……? いいよ、春空はるく君なら……」


「え゛っ」



 ボタンが外されたシャツの襟に手をかける雪谷ゆきやさん。ゆっくりを開けられる動きに合わせて胸が零れそうになり……あっ、なんかもうヤバいかも……



聖羅せいらさん———」


「いいよ、春空はるく君……♡」



「そこまでにしなさい、この発情ネコ!」



 突如として響いた声に、俺はハッと我に返る。


 入り口の方に目を向けると、目を細めてこちらを睨みつける、明らかに不機嫌な表情の美藍みらんが立っていた。

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