肉食獣系女子

「じゃあハル! またお昼に!」


「あぁ、またな」



 美藍みらんとはクラスが違うため、教室の前でお別れだ。美藍みらんに手を振り返し教室に入ると、窓側の一番後ろの席、物憂げに外を眺めている雪谷ゆきやさんの姿が目に入った。



「ようリスちゃ~ん、相変わらず桜庭さくらばさんとイチャイチャしやがって、爆発しろくそったれ」


「『おはよう』の挨拶を知らないのかな?」


「相手によって使い分けてるだけだが?」


「俺に普通の挨拶はいらねぇってか」


「だってなぁ……幼馴染と言うことを差し引いても、桜庭さくらばさんがあんなにデレデレするのはお前だけなんだよ! あの目で睨まれて心を掴まれた男が何人いると思ってんだクソッ! 羨ましい!」


「それに、なんで『リス』のお前にあんなに懐くんだよ! もっと強そうな獣人もいるじゃん!? 普通の人間より弱そうなのに、リスって!」


「お前ら、どれだけリスをバカにしてくるんだよ……」



 確かに俺に懐いてるようではあるけど……どう考えても主導権は向こうにあるんだよな。普通の幼馴染と言うよりは、最近は特に獲物に見られてる気がするし……。


『食べごろになるまで育ててやろう』的な……。



「じゃあリスには何ができるんだよ?」


「……頬袋に食べ物を溜めておける」


「それが何の役に立つんだてめぇ!」

「女子受け狙ってんのかコラ!」

「でも可愛いじゃねぇか!」


「えぇ……」



 いや、まぁ俺も役に立たないと思って言ったけどさ。

 だって他に役に立つことできないしなぁ……本当に千夏ちなつ美藍みらんの非常食になるぐらいか。


 食われるって痛いのかな?



有栖川ありすがわ君」


「……雪谷ゆきやさん?」



 俺が友人と話していると、気がついた雪谷ゆきやさんがこちらへとやってきた。


 雪谷ゆきやさんが俺に……というか他人に話しかけること自体が珍しいからか、雪谷ゆきやさんの言葉を待つようにその周囲が静かになった。



有栖川ありすがわ君、昨日はありがとう。これ、返すわね」


「あ、あぁ……」



 雪谷ゆきやさんが差し出したのは、昨日俺が渡したハンカチだった。きちんと洗濯されているのか、良い匂いがする。


「んっ……?」


雪谷ゆきやさん、どうかした───」



 俺が言い切るよりも早く、周囲にざわめきが広がる。対する俺は、思考停止だ。


 俺の顔や身体を包み込む良い香りと暖かさ。そしてムニュッと形を変えて俺の顔を埋める柔らかさは、俺が雪谷ゆきやさんに抱き締められたことを示していた。



「スン……スン……」


 な、何が起こってるんだ?

 何で雪谷ゆきやさんに抱き締められて……柔らかっ、でっか……つーか、匂いを嗅がれてる……?


 俺の背中に手を回した雪谷ゆきやさんは、そのまま俺の首筋や胸元に顔を近づけ、スンスンと息を吸い込んでいる。


 俺が離れようと彼女の身体を押すも、さらにぎゅぅっと力を込められ、逆に密着する始末。俺の顔の大きさとそう変わらない彼女の巨乳に、むしろ余計に埋まっていく一方だ。



 羞恥と混乱と……あとは心の奥底から涌き出てくる邪念に苛まれつつ、されるがままになること十数秒。


 ゆっくりと身体を離した雪谷ゆきやさんは、陶磁器のように白い頬に朱を浮かべ、ほぅっ……っと息を吐いて恍惚の表情を見せた。



「んっ……美味しそうな匂い……♡」


「はっ、はっ……ゆ、雪谷ゆきやさん……?」


「けど、オオカミにマーキングされてる……?」


「なっ、えっ───」


「……今日の放課後、時間ちょうだい?」


「えっ、は、はぁ……」


「ふふ、楽しみ……」



 妖艶な笑みを浮かべてペロリと舌舐めずりをした雪谷ゆきやさんは、一言そう言い残すと、未だざわめきが収まらない周囲を尻目にそのまま自分の席へと戻ってしまった。


 何もなかったかのような表情で雪谷ゆきやさんが自席に座って数秒。ようやく再起動したクラスメイト達の視線が、一斉に俺に向けられた。



「あ、有栖川ありすがわ! お前雪谷ゆきやさんに何したんだよ!」


「おまっ、桜庭やくらばさんに続いて雪谷ゆきやさんにまで手を出そうってのか!?」


「いや待って、俺にも何が何だか———」


「てめぇ雪谷ゆきやさんのおっぱ———俺達の夢に躊躇なく触れやがって!」


「はっ! 今リスちゃんに抱き着いたら雪谷ゆきやさんのぬくもりが感じられるんじゃ……」


「「「なるほどっ!」」」


「ひぇっ!」



 その美貌から、雪谷ゆきやさんに憧れる男子も女子も多いわけで。この一件で、今日一日俺は彼ら彼女らに尋問されることが確定してしまったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る