幼馴染みも食べたくて堪らない

 シュルルルル———


 何者かの静かな息遣いが、間近に感じられる。それに伴って意識が急浮上してくると、窓から差し込む光が、瞼を通過して朝の訪れを知らせてくる。


 んっ……もう朝か、そろそろ起きないと……。

 最近は特に寒いから、学校のために朝起きるだけでもかなりつらい。本当……布団が俺を離してくれないんだよな……。


 とはいえ、このままでは遅刻確定。俺を起こしに来たであろう誰かにも迷惑だし、さっさと起きて───



「あらら、もう少し寝てても良かったのに……」


「……美藍みらんが何でここに……?」



 重い瞼を抉じ開けた俺の視界に飛び込んできたのは、俺の幼馴染みの『桜庭さくらば 美藍みらん』の大きな瞳だった。


 ほんのりと頬を赤く染めている美藍みらんは、俺と目が合うと小さく微笑みながらも、残念そうにそう溢した。



「あたし、冬場は早く起きるようにしてるのね? んでここに来たんだけど、千夏ちなっちゃんも寝てるじゃん。代わりにあたしがハルを起こしてあげなきゃってね」


「そりゃ助かる……」


「でしょ? あたし、こー見えて優しいから」


「でも、何で俺の上に乗ってるんですかね……」



 何か重いと思ったら、美藍みらんが俺の上に馬乗りになっているようだ。


 彼女は俺よりも小柄で軽いとはいえ、柔らかい太股やお尻の感触がダイレクトに伝わってくる。しかも、やけに高い体温が伝わってきて、なんかこう……エロい。



美藍みらん、身体熱くない? 風邪なんじゃない?」


「風邪だったら寝てるって。朝一番でお風呂入ってきたの。そうじゃないと冬は動けないんだから」


「……そういえば、美藍みらんってヘビ・・だったな」


「そういうこと」



 そう、美藍みらんも獣人……それも、ヘビの一種である『ガラガラヘビ』の特性を持つ獣人である。


 もちろん人を殺せるほどの毒はないけど、縦に割れた瞳孔や相手の体温を感じる器官、鋭い牙が特徴的だ。


 ロリ……じゃなくて、ヘビのようにスラッとしたスタイルと、緩くウェーブさせた金髪、そして少し人外みの強い見た目と相まって、一部の特殊な奴らに根強い人気を誇る美少女だ。



「朝一でお風呂入って体温上げとかないと、本当に冬眠しちゃうから……それにハルだって好きでしょ? お風呂上がりの女子が」


「それは否定しないけど……ヘビに捕まった小動物の恐怖って知ってます……?」


「別に食べようって気は…………いや、でも確かに美味しそうに育ってきたわね?」


「ひっ……!」


「こんなに大きくなっちゃって……あたし一人で食べきれるかな♡」



 彼女のルビーのような赤い目が細められ、牙の覗く口から顎の下まで届く先が割れた舌スプリットタンが、チョロチョロと蠢く。


 その光景に俺は、心臓を鷲掴みにされたような緊張感に襲われ、まさに『ヘビに睨まれたカエル』状態で身体が強ばる。



「待っ、やめ———」


「一丁前に緊張してるなんて可愛いじゃん? 『食べる』って、別に性的な意味じゃなくて補食的な意味なんだけど、もしかして勘違いしちゃった?」


「余計に怖いわ!」


「ちょっと! 何やってるんですか美藍みらんさん!」


「げっ、千夏ちなっちゃん起きちゃった」



 俺と美藍みらんの会話が聞こえたのだろう。ようやく起きてきた千夏ちなつが俺の部屋に飛び込んできて、美藍みらんを睨み付ける。


 美藍みらんが俺の幼馴染みということは、当然千夏ちなつとも昔からの付き合いだ。気兼ね無く話せる者同士である。



「誰か別の人の匂いがすると思ったら……何で美藍みらんさんがここにいるんですか!」


「ハルを起こしに来たのよ。ちゃんとおばさんには許可もらってるし?」


「どこが『起こしに来た』ですか! そんな馬乗りになる必要無いですよ!」


「いいぞ千夏ちなつ! お兄ちゃんを助けてくれ!」


「お兄は私の獲物なんですから、美藍みらんさんにも渡しませんよ!」


「あっ、これ俺助からないやつだな?」


「これだからイヌ科の執着は……ヘビがオオカミより強いこと、教えてあげようか?」


「望むところです!」



 睨み合う千夏ちなつ美藍みらん。こういうのは昔からよくあって、実際にケンカになったことはないから安心して見てられるけど……



(俺いつまでこうしてればいいんだろう……)



 美藍みらんの一睨みで金縛りに襲われる俺は、2人が言い争ってる間も美藍みらんの下から動くことができず、嵐が過ぎ去るまでおとなしく待つだけだった。



        ♢♢♢♢



 その後、母さんの『朝ごはんよ~』の言葉で2人はすぐにおとなしくなり、3人揃って食べることにした。


 部屋に入ってくる千夏ちなつ美藍みらんを追い出して着替え、俺達はようやく学校に向けて家を出ることができた。



「お兄、美藍みらんさんにくれぐれも気をつけてね」


「一緒に学校に行くだけなのに……」


「いつどこで襲われてもおかしくないからね。くっ……私が中学じゃなければ一緒に行けたのに……」


「いいから早く行こうよぉ……さ、寒くてだんだん動けなく……ハル、おぶってぇ」


「……仕方ないな、ほら」


「えへへ、ありがとう! やっぱこうやって優しくしてくれるところ好き……暖かぁい……♡」



 俺が屈むと、美藍みらんが背中に身体を預けてくる。厚着してるから感触はあまりないけど、朝の『補食者』な雰囲気とは180度異なり、優しく甘えてくるような抱き付き方だ。



「むぅぅぅぅぅっ!」



 俺の背中で蕩けた表情を浮かべる美藍みらんと、膨れっ面の千夏ちなつ。こうしてれば2人とも可愛いんだけどなぁ……俺を獲物として見てるところ以外は。













「ところでさ、ハル。千夏ちなっちゃんから聞いたんだけど、聖羅せいらちゃんと何かあったんだって?」


「何かって……」



 雪ではしゃいでた……とは、口止めされてるから言えないよなぁ……。



「別に、普通に話しただけだよ。千夏ちなつ美藍みらんもやけに気にするな?」


「だってねぇ……。あぁ……ついにヒョウ・・・にまで目を付けられちゃったか……」


「えっ? 何て……?」


「んーん、何でもない。ハル、聖羅せいらちゃんに襲われそうになったら私が助けるから、頼ってね」


「良く分からないけど、頼りにしてるよ」


「えへへ、任せて!」


「……ってことで、そろそろ学校着くから降りません?」


「や~だ~っ! このまま教室まで連れてって!」


「まったくこいつは……」



 美藍みらんはこんな性格だが、誰もが認める美少女だ。それを背負って学校までこれば、嫌でも注目を集める。


 美藍みらんはご満悦だが、俺は数奇な目で見られながら校舎へと向かっていった。



─────────────────────

あとがき


第3ヒロイン:ロリ体型、強気、ツンデレ、縦割れ瞳孔、長舌スプリットタンetc……特殊性癖詰め合わせ幼馴染み


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