第63話 気になること
ひと騒動あった後はこれまで通りの穏やかな時間を過ごせた。
とりあえず、午前中はみんなに付き合い、午後は少しこの辺りを見て回ることに。
「凄い景色だね、クレアちゃん!」
「ホントねぇ。潮風も良い感じだわ」
小高い丘の上にある絶景スポットへやってきたわけだが、コニーとクレアは相変わらず元気いっぱい。あの小さな体のどこにそんなパワーが秘められているんだ? 胸か?
「気になりますの?」
「えっ!?」
トリシア会長の言葉が背中に突き刺さる。
まさかこちらの思考を読んだのか!?
「やはりそうなんですのね」
「いや確かにある一点を凝視してはいましたが断じて邪な思いで見つめていたわけではありません。俺は生物学的な見地からふたりの少女がいかにして無尽蔵とも思える元気を発揮しているのかが気になり、その詳しい調査のため見つめていただけにすぎません。重ねて言いますが断じて怪しい思惑などはなく健全な思考のもとに――」
「急に早口で訳の分からないことを叫ばないでいただけます? わたくしは先ほど捕まったあの男性について尋ねているのですが?」
「っ! ――う、うぅん。なるほど。そちらの話題でしたか」
わざとらしく咳払いをしてからそれっぽいことを言って空気を変えようとするも、トリシア会長のしらけた視線は変わらず。
……まあ、話題そらしには失敗したが、トリシア会長の言っていることにまったく興味がなかったわけではない。
「会長は……あの男性をどう見ますか?」
「どう、と言うのは?」
「不自然じゃないですか? こう言ってしまっては失礼ですけど、彼のような身なりをした人物がそう簡単にこのリゾート地へ足を踏み入れられるとは思えません」
アンナの件については、彼女がここでバイトをしていたからという明確な理由があったから分かるが、彼に関しては店で働いているようにも見えなかった。
もうひとつ気になるのは――
「あと、彼の手にあった短剣も気になります」
「短剣?」
「えぇ。たとえば、彼がどこかの貴族に恨みを持っていて、その人を殺害する目的でここへ忍び込んだとしたら……」
「ありえませんわね。アンナさんの件があってから言うと説得力に欠けますが、ここのセキュリティーは本当に厳重ですの。最近は連続して発生していますが、それまでは侵入者と呼べるような者をリゾート地で見かけたり、噂を聞いたりというのは一度だってありません」
「それについては俺も同意します」
あんなハッキリ武器と分かるような物を携帯しているヤツがいたら、ずっと前に捕まっているだろうし、そもそもリゾート内へ足を踏み入れることさえ不可能だ。
俺たちもここへ来るまでしつこいくらいチェックを受けたからな。
御三家の御令嬢であのレベルなんだから、それよりも下となると二重、三重どころじゃないかもな。
まあ、だからこそ貴族も安心して楽しめるリゾート地なんだろうけど。
それゆえに、彼が武器を持っていたことがどうにも引っかかるのだ。
「あの男性はどこであんな短剣を手に入れたのでしょう?」
「……ここにはたくさんのお店がありますが、武器屋はひとつもありませんわ」
「だとすると、こうは考えられないでしょうか?」
ひと呼吸おいてから、トリシア会長へ俺の考えを伝える。
「あの男性は……ずっと前からこのリゾート地にいたのではないでしょうか」
「っ! なるほど。考えられなくはないですわね」
顎に手を添えて何やら思考を巡らせた後、トリシア会長は一度頷いてからこちらへと視線を向ける。
「直接彼から話を聞きましょうか」
「できるんですか?」
「問題ありませんわ」
よかった。
実は最初からそれを提案できないものかと悩んでいたんだよなぁ。
これであの男性からいろいろと聞き出せるぞ。
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