第9話 入学式

 やってきた入学式当日。

 まるでそれを祝福するかのように空は快晴。

 

 野望の第二歩目となる記念すべき日に相応しいと言える。


 学園の敷地面積は想像よりずっと大きかった。

 さすがは選ばれし者しか通えないエリートの巣窟といったところか。


「素晴らしい日よりだな、ルチーナ」

「はい! 今日もレーク様は全身あますところなく素晴らしいです!」


 メイド服をバッチリ着こなせるようになったルチーナの発言に、周りの同じ新入生たちは騒然となる。

 声デカいからなぁ、ルチーナは。

 やがてあちこちからヒソヒソ話が聞こえてきた。


「あいつがギャラード商会の……メイドにあんなことを言うように強要するなんて悪趣味だな」

「どうせ親のコネで入学したんだろ」

「もしくは学園に多額の寄付金でも払ったか?」


 ……いかん。

 ただでさえ低い評価がさらに急降下している。


 噂は耳にしていたが、やはりこの学園内で平民の地位というのは本当に低いんだな。


 そこへ来てこの悪目立ち……浮かれすぎたと猛省せねば。


 ルチーナはルチーナで陰口を叩いている連中を「シメますか? 先ほどいい感じに人気の少ない校舎裏の空間を発見したんです」とブチギレ寸前。

 なだめるのに苦労したよ、まったく。


 ともかく、今後は表向きの活動に細心の注意が必要となるな。

 ここにいる貴族の御子息や御令嬢は将来の大切な金ヅル――ゴホン。大事な取引先となるかもしれないのだ。


 あまり目立つ態度は控えるべきか?

 ――だが、それでは俺が学園入学の際に掲げていた目標を達成しづらくなる。


 その目標とは……学園の支配者になること。


 もともと入学時に周りから下に見られるだろうというのは予測済み。

 生まれた家の地位が重要視されるこの世界では当然のことだろう。


 だから、俺はその評価を覆す必要があった。

 そのためにも、ここからの交友関係が俺の人生を左右すると言って過言ではない。


 こちらがさらに上の存在であると見せつけ、「これほどの方が経営する商会なら安心して任せられる」と思わせるのだ。


 実現に向け、すでに手は打ってある。

 

 俺と同級生になる新入生の情報だが、すでにギャラード商会の持つ強力なコネクションを利用して入手済み。特にお近づきとなりたい家の者たちはリストアップを終えている。

 

 まずはその中から優秀な魔法使い候補生に狙いを絞ろう。

 これには理由があった。


 入学までの一ヵ月間でルチーナに作らせた例の武器。


 正直、ほとんど適当に描いたあの設計図をもとにどうやってこれほどの高クオリティを実現できたのか疑問だが……それこそ、王都で五代続く鍛冶屋で歴代トップと評された腕前だから成せる業なのだろう。


 卒業して商会支部の運営を任されたら、真っ先に彼女を製品開発部門の責任者にしなくてはな。

 ともかく、こいつが完成すれば、俺の弱点は消え失せる。


 俺の唯一の弱点――それは魔力量が他者よりも少ないということ。


 三歳の時に受けた魔力鑑定の儀式で判明したのだが……最初にこの事実を突きつけられた時はさすがにショックを受けたのを覚えている。


 なんとか基礎魔法はマスターしたものの、結局そこから先へはたどり着けなかったので路線変更を余儀なくされたんだよな。


 逆に父上はあっさりとしたもので、「ないならしょうがない」と言い放ち、それまでと変わらない態度で俺に接してくれた。


 父上にとって魔法を使える使えないはどうでもいいのだ。


 商人には関係がない。

 稼げるヤツが偉い。

 そもそも父上自身が魔法を使えないようだし、そこまで執着がないのだろう。


 母上はちょっと残念がっていたけどな。


 ともかく、魔力がまったくないわけではないが、自然界の力を借りる魔法を使用するのに必要な魔力量が圧倒的に足りず、まともには使えないと鑑定した神官が説明してくれた。


 魔法を使える人間が人口の何割を占めるのか――そういう統計的な数字は何も出ていないものの、体感では四割くらいの人間が使いこなせるようだ。


 つまり、この世界において、「魔法が使える」というのはそれだけアドバンテージがある。

 

 転生者としてはやはり炎とか水とか風とか、ド派手で見栄えのする魔法を身につけたいと楽しみにしていただけに残念極まりない。


 だが、この事実が逆に俺の心へ火をつけた。


 一流の悪を目指す者として、「できません」のひと言であっさり引き下がるのはナンセンスだと感じたし、何よりやっぱり魔法を使ってみたいという気持ちが勝った。


 そこで、俺は魔法とまではいかなくても限りなくそれに近い効果をもたらす魔道具の開発を思いついた。


 ルチーナのおかげですでにほとんど出来上がっており、あとは魔力関連の部分を仕上げて完成となる。


 学園ではその仕上げ部分の担当者を探すつもりだ。


 入学式の最中も学園長のありがたいお言葉を華麗にスルーして新入生を吟味。


 その後、教師から今後の予定について簡単な説明を受ける。

本格的な授業の開始は明日からとなり、一週間後には歓迎会を兼ねた舞踏会が開催されるという。

 

 この舞踏会というのが、学園での覇権を握るうえで欠かせない重要な位置づけとなるビッグイベントだ。


 ここでダンスに誘い、一気に親密な関係となる男女も少なくはない。

 ――というか、ほとんどそれが狙いだった。


 この学園にいるのは大半が良家の出身。


 家からはすでに誰を誘えと命じられているだろうから、それに応じて相手を選ぶ。


 誘いが集中するのはやはり公爵家。

 特にこの国では御三家と呼ばれる三つの家が権力の中枢となっている。


 ほとんどの生徒はこの御三家の誰かと一緒に踊りたいと誘いに出るはず。

 ちなみに、俺が狙っている女子生徒は御三家の一員ではないので競争率は高くないとみている。

 まあ、踊るのは絶対にひとりでなくちゃいけないというわけじゃないので、複数人とペアを組んでも問題ないらしいが、俺の場合は標的をひとりに絞り込んでいる。そっちの方が誠実そうに見えるしな。


 とはいえ、ゆくゆくはそこからひとりくらいはうちの商会のお得意様となってくれるよう接触を試みるつもりではいる……が、ハッキリ言って時期尚早。


 焦る必要はない。

 今はまだ実績を重ねることに集中すればよいのだ。


 入学式が終わると、俺はルチーナを連れて校舎内を散策。

 あまりにも広いんでどこに何があるのかをチェックしておきたい気持ちもあるが、もしかしたら探している女子生徒を発見できるかもしれない。


「立派な庭園もありますね。川まで流れていますよ」

「随分とこだわっているようだな」


 学園を歩いていて感じるのはやはりそのスケールの大きさ。


 いずれこのすべてを我が手中に収める。

 世界を牛耳る前哨戦としては十分だろう。


 周りに誰もいない、静かな庭園を散歩していたら、


「平民のくせに生意気なんだよ!」


 せっかくの爽やかな気分を台無しにする声が。


「レーク様!」

「……分かっている」


 正直、あまりかかわりたくはないが、放っておいたらまたルチーナの正義感が爆発して相手を粉々にしてしまうかもしれない。


 そうなったら俺の計画はすべてパー。


たぶん、相手が名家のお坊ちゃまであったとしても対応は変わらないだろうな。ルチーナというのはそういうヤツだ。

この辺りの理解をなんとかしたい。


 あきらめて声のした方向へと進むと、そこにはひとりの女子生徒が男子生徒四人に囲まれていた。

 絵に描いたようないじめの現場だが……どうもあの女の子が平民で他四人の男子は上流階級の者らしい。


「む?」


 平民の女子と知ってもしかしたら試験会場にいた子かと思ったのだが……見た記憶がない。

 試験を突破せずに入学できる者なんて――いや、待てよ。

 そういえば今年はある制度が試験的に導入されているんだったな。


 もしかしたら、彼女はそれで入学してきた第一号?

 ならば、試験会場に姿を見せなかった理由も説明がつく。

 だとしたら……黙って見過ごすわけにはいかないな。


 正義の味方になるつもりはないが、俺も乗り気になってきたよ。

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