8.マリア、封筒を引っ越しさせる


 机の端には、手のひらほどの分厚い封筒らしきものが、複数机の端に無造作に積んであった。数を数えると、7つ。



(これは何かしら)



 椅子に座って封筒の中身を見て、マリアは更に首を傾げた。



(小麦収穫量報告書? こっちは橋の建設申請書、会議出席者の承認……?)



 どう見ても学園の仕事とは思えないそれに、資料を見るフリをしながら、記憶を探るマリア。


 そして、それらが婚約者ダニエルに押し付けられている王宮の仕事で、

7つの封筒の意味が「彼女が体調を崩して休んでいた日の数」だと分かり、

彼女は盛大にため息をついた。



(なにこれ、最悪じゃない)



 つまり、自分の婚約者が倒れても、心配するどころか仕事を押し付けてきた、ということではないか。


 もしかして何か事情があるのかもしれないと、ダニエルの仕事関係の記憶を探ってみるものの、出て来た記憶は酷いものばかり。



・生徒会会長のダニエルは全く働かず、副会長であるシャーロットが、その仕事の全てをやらされている

・王宮の仕事を全てシャーロットにやらせ、自分の手柄にしている



 マリアは、思わず眉を顰めた。



(何よこれ! 何でこんなことになっているのよ!)



 その理由について探ってみると、どうやら、今回は相手だけではなく、シャーロット自身にも問題があるようだった。


記憶によると、1カ月ほど前に、父親と共に呼ばれたお茶会で、王子の両親である国王と王妃に、「ダニエルの仕事を手伝わないで欲しい」と依頼されたらしい。



『あの子、あなたに甘えて遊び回っているわ、やるべきことはやらせて』

『特に、王宮の仕事と卒業研究は、必ず本人にやらせてくれ』

『もしも嫌がるようであれば、遠慮なく言ってちょうだい。わたくしから注意するわ』



(どうやら、王様と王妃様はまともな人みたいね)



 察するに、王と王妃に注意されたものの、ダニエルの頼みを断れず、ずるずるとやってきてしまった、というところだろう。


 マリアは思案に暮れた。

 この国で一番偉いのは、王様と王妃様だ。

 この2人の注意を無視して、ダニエルの仕事を継続している現状は、どう考えてもダメだ。

 シャーロットが断れないなら、私が断ろう。


 マリアは立ち上がると、周囲を見回した。

 そして、窓際の一際大きくて立派な執務机が、王子の机だと分かると、机の上の7つの封筒の束に手をかけた。



(お、重い……)



 そして、どうやって運ぼうかと考えていると、生徒会室のドアが開いて、カルロスが入ってきた。


 ちょうど良いところに来てくれたわ、と、マリアがにっこりと笑った。



「……カルロス様、お手伝いお願い出来るかしら」



 カルロスが、もちろんだという風にうなずいた。



「何をすればいい?」

「……この封筒の束を、ダニエル様の机の上に移して下さいますか」



 カルロスが、軽く驚きの表情を浮かべながらも、

ひょいと封筒たちを持ち上げて、ダニエルの机の上に置いてくれる。


 マリアは、便箋にペンで、



『国王陛下の命により、ダニエル様の仕事は、今後一切お手伝いできません』



 と書くと、それを封筒の上に乗せて、清々しい顔でカルロスを見上げた。



「……運んでくれてありがとうございます」



 そして、彼女は、驚きの表情を浮かべるカルロスとバーバラに、



「……先に教室に行きますわね」



と、にっこり笑いかけると、「あー、すっきりした!」と爽やかな気分で生徒会室を後にした。




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