6.マリア、早朝に自由を満喫する
引っ越してきた翌日の早朝。
マリアは、体が痛くて目が覚めた。
「……う、いたたた」
呻きながら身を起こすと、そこは新居の自分の部屋。
どうやら教科書を読んでいて、そのまま机の上で寝てしまったらしい。
机の横に積んである教科書の山を見て、マリアは机の上に突っ伏した。
「はあ……、辛すぎる……」
シャーロットが学園に通っているということが分かってから、
マリアは学園についての記憶を探った。
(なるほどね、貴族とかお金持ちが通う学園なのね)
大体15歳で入学して、17歳で卒業するらしい。
学園では、将来必要となる知識を勉強するらしいのだが……。
(授業の内容が難しすぎる!)
マリアが通っていた、読み書きと簡単な計算を教えてくれる教会学校とは、学ぶことのレベルが違っていた。
頼りのシャーロットの記憶も、意味が分からないものばかり。
例えば、
『ローマン帝国は、キリキス盆地を平定し、国を築いた』
という記憶があっても、
「ローマン帝国ってなに?」
「キリキス盆地ってどこ?」
「平定ってどういう意味の単語?」
という疑問が湧き、それぞれの記憶を探る必要があるため、
理解するまで、かなり時間がかかるのだ。
(……これじゃあ、授業で指されても答えられないわ)
そして、色々試した結果、
教科書を読みながら、シャーロットの記憶を探っていくしかないという結論に至り。
一昨日の夜から、食事の時間以外は、必死で教科書を読む羽目になった、という次第だ。
(はあ、しんどい……。貴族ってパーティとかお茶会で「オホホホ」とかやっているだけのお気楽な人たちかと思っていたけど、そうでもなかったのね)
不幸中の幸いだったのは、教科書の内容が、案外面白かったことだ。
今まで小麦の値段が上がっても、
「高いわねえ」
くらいしか思わなかったが、
教科書とシャーロットの記憶に触れ、小麦が高いのには理由があることが理解できた。
(遠く離れた場所の天候とか、戦争の有無なんかで値段が変わるのね)
こういった知識はとても有用だし、知れて良かったと思う。
ただ、どう考えても必要ないと思う内容もあり、
(何よ、この『このときの作家の気持ちを答えなさい』って)
本なんて読んで面白ければいいじゃん! と思うのだが、そういう訳でもないらしく、
お陰で、何の役に立つか分からない勉強を延々とさせられる羽目になった。
(まあ、でも、努力の甲斐あって、とりあえず今週ある授業の内容は大体終わったわね)
残りの教科については、追々やっていけばいい。
それと、彼女は勉強する過程で、シャーロットの記憶の中に
体が入れ替わった御伽噺のようなものを見つけた。
詳しい内容については、学園にある図書館という場所で調べられるらしいので、
これも学園に行く傍ら、調べる予定だ。
(怪我の功名ってやつかしらね、戻る手掛かりが見つかって良かった)
マリアは、ググーっと伸びをすると、カーテンと窓を開けた。
朝の気配はあるものの、まだ外は暗く、空には星が瞬いている。
(お腹空いたなあ。でも、朝食まであと3時間くらいはありそうね)
そして、シンと静まり返る廊下に出ると、
何かつまめるものでもないかしらと1階の厨房に向かった。
厨房は使いやすそうな大きさで、大きな棚がたくさんある。
そのうち1つをそっと開けて、マリアは目を輝かせた。
「すごい! 美味しそう!」
ベーコンの塊に、ぷりぷりのソーセージ、燻製肉。
他の棚の中には、各種飲み物の瓶が並んでいる。
マリアは考え込んだ。
みんなが起きてくるまで、少なくともあと1時間半はある。
ちょっとくらい自由にやってもいいんじゃないだろうか。
「……よし、やるわよ」
マリアは、置いてあった大きめの麻袋に、必要なものを詰め込むと、よいしょと背負って外に出た。
ランタンを片手に、ひんやりとした空気の中、屋敷脇にある林に入る。
家から大分離れた場所に適当な空き地を見つけると、そっと麻袋を下ろして、落ちている葉っぱを空に投げた。
葉っぱが、風に流されて館とは逆方向にヒラヒラと落ちる。
(風向きも良し、と)
そして、空き地の真ん中に、穴を掘ったり石を積み上げたりして、簡易的な竈を作ると、持って来た紙くずと薪に、火熾し石で火をつけた。
(いい薪だわ。乾き具合も丁度良い)
熾した火の上に持って来た小さなフライパンを乗せると、分厚く切ったベーコンを焼き始めた。
美味しそうな香りが林に広がっていく。
しばらくしてひっくり返し、マリアはうっとりとした顔をした。
(いい感じに焼けてる。いいフライパンね)
そして、卵を2つ割り入れて半熟になるまで焼くと、
火からおろして、大きなお皿に移した。
(うーん! 美味しそう!)
塩コショウで味を調えると、「いただきます」と大きなフォークで食べ始めた。
「はー、美味しい。こういうの食べたかったのよね」
持って来たパンをフライパンで焼き、一口食べて「ほう」とため息を漏らす。
(料理番さんが作ってくれる料理も、凝っていてとても美味しいんだけど、やっぱりこういう方が好きなのよね)
香辛料など使わず、塩コショウで味付けたシンプルでボリュームのある料理、最高だ。
そして、持って来た薬缶にお湯を沸かしてお茶を淹れると、ふうふう冷ましながら空を見上げた。
「空が白んできている。そろそろディック父さんが仕込みに起き出す時間ね」
宿屋のことを思い出し、涙で視界がかすむ。
みんなは元気だろうか。
自分の家族は良い人ばかりだから大丈夫だとは思うが、シャーロットは上手く馴染めているだろうか。
早く元に戻って、義父さんの料理をお腹いっぱい食べたい。
(早く元に戻る方法を見つけないと)
明けそうな空を見ながら、決心を新たにするマリア。
そして、そろそろみんな起き出してくるかもしれないと、いそいそと片づけをすると、小走りで館に戻っていった。
――故に、彼女は全く気が付かなかった。
鉄格子の高い柵を挟んだ、隣の館の敷地に、
呆気にとられた顔でマリアをながめる、背の高い青年がいたことを。
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