(閑話2)悩める宿屋の夫婦

 

 マリアが、屋敷の晩餐会で大暴れした、その日の夜遅く。


 王都から遠く離れた辺境の港町タナトスにある、「宿ふくろう亭」の厨房で、

 宿屋の主人のディックと、そのおかみさんサラが、向かい合って座りながら頭を抱えていた。


 悩んでいるのは、義娘マリアについてだ。


 サラは大きなため息をついた。



「まったく、とんでもない話になってしまったねえ」




 *



 3日ほど前、義娘であるマリアが、お茶の時間に突然倒れた。


 すぐに呼んだ医師が、マリアの喉がヒューヒューと音を立てていることに気が付き、慌てて詰まっていたクッキーを掻きだすものの、意識はすぐには戻らず。


 ようやく昨日、意識が戻り、ホッとしたのも束の間。

 目を覚ましたマリアが、突然涙をぽろぽろとこぼして謝罪し始めた。



「ごめんなさい、わたくしのせいでマリアさんが……」



 混乱しているかと思い、落ち着いたら話を聞くと慰めて、その日は寝させたのだが、

翌日少し落ち着いた様子の彼女が、とんでもない話をし始めた。



「わたくしの本当の名前はシャーロットで、黄泉の川で会ったマリアさんと体が入れ替わってしまったようなのです」



 彼女の話では、王都の自宅で倒れ、気が付いたら黄泉の川にいたらしい。



「そこでマリアさんとお会いして、入れ替わってしまったと思われますわ」



 荒唐無稽な話ではあるものの、サラとディックはこの話を信じた。


 このシャーロットという少女が、嘘をついているように思えなかったし、

 外見や声はマリアにも関わらず、雰囲気がマリアと全く違っていたからだ。


 サラは必死に尋ねた。



「マ、マリアは無事なのかい?」

「はい、無事だと思います。多分ですが、わたくしと同じような感じになっていると思いますわ」

「も、戻れるんだろうね?」

「……分かりませんが、戻る方法はきっとあると思います」



 シャーロットという少女の話によると、

 以前、体が入れ替わった人間の本を読んだことがあり、

 それによると、何かをきっかけに元に戻ったようなことが書いてあったらしい。



「大きな図書館に行けば調べることができると思いますので、何とか元に戻る方法を探そうと思います」



 そう聞いて、少しだけ安心したものの、マリアが心配なことには変わりない。


 という訳で、疲れた様子のシャーロットに

「とりあえず休みな」

 と言って、休ませて、2人でこうやって悩んでいる、という次第だ。


 ディックが顔を上げた。



「あの子の話じゃあ、マリアは、よりにもよって王都にいるって言ってたな」

「王都だなんて、運が悪いねえ……」



 港町タナトスは、王国の南端にある半島に位置する辺境の港町だ。

 北部に位置する王都からは遠く離れており、ここからだと乗合馬車を乗り継いでいくしかないため、片道2週間近くかかる。


 しかも、王国は、王都に流民が住み着くのを防ぐため、滞在許可証の申請を義務付けており、

 許可が下りるまで半年近くかかるという話であった。


 ディックが渋い顔で言った。



「明日隣町に行って申請は出そうと思うが、まあ、簡単ではないだろうな」

「そうだねえ……」



 本音を言えば、今すぐにでも飛んで行って安否を確認したい。

 でも、それはどう考えても不可能であった。


 サラは、ため息をつくと立ち上がった。



「とりあえず、今はあのシャーロットちゃんを休ませてやらないとね。顔色も悪いし、きっと疲れているだろうからね」

「そうだな。怯えている様子だったし、知らない場所に突然来て驚いただろう」

「私達が心配しているように、むこうのご家族も心配しているだろうから、こっちに連絡があるかもしれないね」

「こっちから手紙を書いてもいいかもしれんが、……まあ到着するまで3か月はかかるだろうな」



 ディックが深いため息をついた。



「王都は遠いな……」

「ホントにねえ……」



 はあ、と、何度目かのため息をつく2人。

 そして、マリアが無事であることを祈りながら、とぼとぼと寝室に戻っていった。




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