(閑話1)エイベル公爵
イリーナの部屋を出たシャーロットの父親――エイベル公爵は、妻である夫人と共に執務室に入った。
公爵は執務机に座ると、真っ青な顔で立つ夫人を見据えた。
「さて、では先ほどの話の続きからいこうか。――ダニエル殿下からの菓子が贈られたというのは本当か?」
「あ、あれはあの子の虚言で……」
夫人が目を泳がせながら口の中でつぶやく。
公爵は冷たい目を彼女に向けた。
「先ほどの状況から、私はお前の話よりシャーロットの話の方に信憑性があると思っている。――もう1度訊く。本当にダニエル殿下から菓子が贈られたのか?」
「……いえ、……違います」
「では、お前が買ってきたのか?」
「……トレイダス侯爵夫人からの贈り物ですわ」
「ほう、ではなぜダニエル殿下の贈り物だという嘘を?」
夫人が、観念したようにつぶやいた。
「……申し訳ございません、あまりにあの子が頑なに固辞するもので、つい」
公爵は冷えた目で夫人を見た。
「愚かなことだ。それで、残った菓子はどうした?」
「使用人たちに下賜しましたわ」
「彼らの体調は」
「全て食べたそうですが、体調が崩れたような話は上がってきておりません。私も幾つか食べましたが、何も起きておりません。あの子が大袈裟過ぎるのです!」
青い顔の夫人が、必死に言いつのるものの、公爵の表情は変わらない。
彼は、夫人を無視すると、重々しく口を開いた。
「では、罰を言い渡す。お前とイリーナに支給している年給を4年間半額とし、その額をシャーロットに渡すことにする」
「そんなっ!」
「今までシャーロットの年給を使い込んできたのだろう? 2年間なしにしてもいいんだぞ」
「……」
強く唇を噛みしめる夫人を見もせず、公爵は机の上の書類を手に取った。
溜まった屋敷の仕事を片付けるべくペンを取り、ふと思い出したように口を開いた。
「それと、使用人たちも同様に4年間給料の半額をシャーロットに渡すこととする。途中で辞めた者については、他の屋敷で働けないと伝えろ」
「……かしこまりました」
頭を深々と下げる夫人を見もせず、公爵が手を払うように振った。
「もう用は済んだ。下がれ」
夫人が何か言いかけようとして口を開きかけるものの、
公爵が淡々と別の仕事をする様子を見て、悔しそうに部屋を出て行く。
そして、夫人が立ち去った後、公爵はため息をついた。
「人選を誤ったな」
彼にとって妻は、子孫を産み、家の雑事を執り行う道具であり、それ以上でも以下でもない。
現夫人はスペアのつもりで囲っておいた、悪くない身分の女だ。
シャーロットの母親の死後、家の雑事をさせようと連れて来たのだが……。
「何と愚かな女だ」
貴族らしい上昇志向や、目的のために手段を選ばない姿勢を評価して、正妻に据えたのに、
頭が良いだけの世間知らずな16歳の娘(シャーロット)にやり込められる有様だ。
王子の名前を出すなど相手に反撃の隙を作るだけだ。
脇が甘すぎるし、実に愚かだ。
「……だがまあ、もしかすると、この場合はシャーロットを褒めるべきかもしれないな」
怯えるだけだった気の弱い娘が、見事に状況をひっくり返してみせた。
孤立無援な上に、高圧的な夫人の精神的支配下にありながらこれは、なかなかできることではない。
「……評価を変えるべきかもしれんな」
エイベル公爵家に生まれた娘の役目は、王子の配偶者になること。
夫人は、イリーナこそが王子の妻に相応しいと言っていたが、
今日の言動を見る限り、相応しいのはむしろシャーロットの方だ。
「まあ、もう少し様子見というところか。スペアはまだいる。2人がダメでも何の問題もない」
公爵にはあと2つ別邸があり、それぞれに娘がいる。
年は離れるが、政略結婚で10歳以上年齢が離れていることなど普通だ。
いざとなれば、そっちの娘を持ってくれば良い。
結論が出たことに満足し、別の仕事を始める公爵。
そして、仕事を終わらせると、馬車に乗って別邸へと帰っていった。
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