4.マリア、正直に全部言う

 

(作戦変更よ。誰もこの子を守らないのならば、わたしが守る!)



 彼女は、躊躇することなく、シャーロットの記憶を探り始めた。

 義母と義妹について、今回の件について、家族の関係についてなど、ありとあらゆる情報を探る。


 そして、言うべきことと今後について考えをまとめると、

 ぺらぺらとシャーロットの悪口を父親に吹き込んでいる義母を遮るように、口を開いた。



「……お父様、大切な話があるのですが、よろしいでしょうか」



 義母が、ギロリとマリアを睨んだ。



「人の話の途中で失礼ですよ! 黙っていなさい!」



 マリアは義母を無視すると、無表情な父親の目を真っすぐ見た。



「……お父様、これは王家に関わることです」



 記憶の中にある「お父様は王家に関わることには耳を傾ける」という情報から単語を選んで言うと、

 父親はピクリと眉を動かして、軽く片手を上げて義母を制した。



「話してみなさい」



 マリアは、父親の目を見つめながら口を開いた。



「……私が2日前に倒れた原因は、ダニエル殿下から頂いたお菓子に、何か毒物のようなものが含まれていた可能性が高いと思われます」



 義母が「出鱈目はやめなさい!」と叫ぶが、

 険しい顔つきになった父親が「静かに」と黙らせる。


 詳しく話せと言われ、

 マリアは、シャーロットの中にある記憶を、淡々と話し始めた。



「……2日前、私が学園から帰ると、お義母様とイリーナからお茶に誘われました」



 もともと一緒にお茶を飲むような間柄でもないことから、

 不審に思ったシャーロットが断ろうとすると、義母がヒステリックにこう叫んだ。



「このお菓子はダニエル殿下からの贈り物です! 婚約者からの贈り物を食べないなんて、あなた何様のつもりですか!?」



 そう言われてしまっては断れず、お茶を飲んでお菓子を食べたところ、息が苦しくなって倒れてしまった。


 そして、倒れて放置されているシャーロットを発見したララが、

「これは只事ではない」

 と医師を呼びに行き、バーナム先生が慌ててかけつけたらしい。



「……バーナム先生の適切な処置で、何とか事なきを得ましたが、1日意識が戻らなかったそうです」



 話しながら、シャーロットに第3王子という婚約者がいることに驚きを覚えるが、それはとりあえず置いておいて、話を進めていく。


 そして、マリアの話が終わると、

 兄クリストファーが「なるほどねえ」と、面白そうにつぶやいた。



「実は、王宮で会ったときに、バーナム先生に、

『シャーロット様の倒れた状況に疑問がありますので、お調べになった方が良いかもしれません』

 と言われたんだけど、まさかそんな状況だったとはね」



 父親が冷静な目で義母を見た。



「どうやら随分と話が違うようだが」



 義母がやや青ざめながらも、申し訳なさそうな顔を作った。



「申し訳ありません。ご覧の通り、今はもう何ともありませんので、余計な心配をかけまいと夏風邪と言いましたの。それに関しては申し訳ありませんでしたわ。――しかし」



 義母がギロリとマリアを睨んだ。



「ダニエル殿下の話は真っ赤な嘘ですわ。私は一言もそんなことを言っておりませんし、言うはずがありません」

「そうですわ、お母様はそのようなことを言っておりません。いくら自分を信じさせたいからって、殿下の名前を使うのは不敬です!」



 イリーナが、つぶらな瞳で健気に母親を援護する。


 他のメイドたちも

「その場におりましたが、そんな話は聞いておりません」

「奥様はそんなことはおっしゃいませんでした」

 と楽しそうに同調する。



(ひどい! みんな何て性格が悪いの! 信じられない!)



 マリアは、怒鳴りつけてやりたい衝動を、必死に堪えた。

 宿屋に変な客が来ることはあったが、ここまで酷い人間を見たのは始めてだ。


 父親が、ふむ、と考えるような顔をしてマリアを見た。



「皆がこう言っているが、お前はこれにどう対処する」



 マリアは父親の目を見た。

 表情は読めないが、こう尋ねてきているところをみると、

 基本的に義母たちの言い分を信じるが、一応言い分を聞こう、といった感じだろう。


 マリアは思った。

 なるほど。あっちの信用を下げればいいのねと。

 下げるネタなら腐るほどある。

 論より証拠だ、全部見てもらって、今まで自分たちがやってきたことの責任を取ってもらおう。


 彼女は口を開いた。



「……それについてお話するために、1つお父様にお願いがあります」

「なんだ」

「……この部屋にいる人間、お義母様とイリーナを含めて全員、お父様の許可なしに動かないように命令してください」



 マリアの証拠隠滅を許さないという姿勢に、父親が興味深そうに目を細めた。



「いいだろう、命令する。勝手な行動をすることを禁止する」



 義母たちがバカにしたような薄ら笑いを浮かべるなか、

 マリアはガタンと立ち上がった。

 自分の肉と前菜の皿を持って歩き、それを父親と兄の間に置く。


 そして、兄から借りた新しいナイフとフォークで、まだ手を付けていない場所を小さく切り取ると、にっこり笑った。



「……お父様、お兄様、お召し上がりください」



 ひゅっ、と息を呑む声が聞こえ、メイドたちの顔が一斉に青ざめる。


 兄が楽しそうに「どれどれ」とフォークで指して口に運び、渋い顔をした。



「なんだこれ、塩辛くて食べれやしない」



 父親もゆっくりと肉を口に運び、「なるほど」とつぶやく。



「随分と酷い味だな」

「ええ、こっちの前菜も幾つか食べてみましたが、どれも塩辛くて、食べられたものではありませんね」



 兄が、水を飲みながら顔を顰める。


 マリアが淡々と口を開いた。



「……私の料理はいつもこうです。塩辛くてとても食べられるものではありません。そして、どうしても食べられずに残すと、ご存知の通り、お義母様から『好き嫌いが多い我儘』と理不尽に揶揄されます。――それと」



 マリアが、考え込むように黙っている父親の方を見た。



「……お見せしたいものがありますので、2階に一緒に来ていただけませんか。もちろん、ここにいる全員を連れてです。勝手な真似をせずに」

「そっ、そんな必要はありません!」



 大きな声を出す義母に、マリアが冷たい目を向けた。



「……それはお父様が決めることです」

「いいだろう」



 父親は立ち上がると、真っ青な顔をしている義母たちを一瞥した。



「余計な真似をせずにシャーロットに従え」

「では、私が一番後ろを歩こう」



 クリストファーが楽しそうに立ち上がる。


 マリアは、ヨロヨロと歩く一行を連れて2階に上がると、自分の部屋の中に入った。

 全員入った後、兄がドアを閉めて、口角を上げながら鍵をかける。


 彼女は、クローゼットに近づくと、扉を開け放った。

 そして、隣に置いてある宝石入れを開くと、父親と兄に見せた。



「……これが今の私の持ち物全てです」



 兄が首を傾げた。



「全部古いものじゃないか、私や叔父さんのプレゼントはどうしたんだ。よく見たら母上の形見の宝石もないじゃないか」



 兄のドンピシャな言動に、何でこの人こんなに協力的なのかしら、

 と思いながら、マリアが、落ち着いた顔でうなずいた。



「……その通りです。では、次にイリーナの部屋に行きましょう」



 すると、真っ青な顔で立っていたイリーナが叫び始めた。



「お待ちください! なぜ私の部屋に行くんですか! 嫌です!」



 まあ、そりゃ嫌だよね。と思いながら、

 マリアはイリーナを無視して父親を見た。



「……どうか許可を。説明に必要なことです」

「いいだろう。イリーナの部屋に行く」

「お、お父様!」



 義母が必死の形相で何か言いかけるが、

 兄がそれを遮るように口を開いた。



「イリーナ、君は今まで散々シャーロットに物を取り上げられて大変だったっていう話じゃないか。きっとこの部屋以上に何もない部屋なんだろうねえ」

「そ、それは……」



 イリーナが色を失って口ごもる。


 そして、ピンクだらけのイリーナの部屋に到着すると、

 マリアはクローゼットを開け放つと、

 記憶の中にあるのと同じドレス3着を取り出した。



「……これが叔父様からもらったドレスで、これはお兄様から、これはお父様から頂いたドレスです。もらったものは全てイリーナに取られていました。――それからこれも」



 箪笥の上に置いてあった宝石箱を開けると、兄が覗き込んで、大声で言った。



「おや、どういうことだ? 母上の形見がいっぱいあるね」

「……ええ、金目の物は全て取り上げられていましたから。もっと高価なものは、お義母様の宝石箱に入っているはずです」



 そう言いながら、マリアはチラリと父親を見た。



「……どうでしょう。これらを見て、私とお義母様たち、どちらを信用なさいますか?」



 父親が、真っ青な顔で立っている義母とイリーナに冷たい目を向けると、

 マリアにうなずいてみせた。



「状況はよく分かった。あと何か言いたいことはあるか?」

「……言いたい事というより、お願いが3つあります」

「ほう、なんだ」



 マリアは息を軽く吐くと、考えていたことを口にした。



「……まず、取られたものを、全て返して頂きたいと思います」

「なるほど、至極当然の要求だな」



 父親が無表情にうなずく。



「……それと、これまで私を嘘で陥れたことに対する罰を与えて頂きたい。もちろん使用人たちもです」

「いいだろう。それで3つ目は」



 さあ、これが本番、と、マリアは父親の目を見た。



「……この家を出て、お母様が遺して下さった屋敷への引っ越しを許可してください」



 父親が軽く眉をひそめた。



「それはなぜだ」

「……御覧の通り、この家が、私にとって安全ではないからです」



 ふむ、と父親が考え込む。



「どうやって生活するのだ」

「……未成年ですから、もちろん生活費は頂きますし、ララともう2人も連れて行きたく思っております。それと、引っ越しするまでお父様かお兄様が監視してくれていると嬉しいですわね」



 父親が面白そうに口角を上げた。



「わかった。では明日中に引っ越すように。クリストファー、ついていてやれ」

「了解しました、父上」



 兄が、楽しそうに承諾する。


 父親が、呆然とする義母とイリーナに、冷めた目を向けた



「イリーナ、お前はこれから1カ月謹慎だ。一切家を出ることを許さないし、人が訪ねてくることも手紙も禁止する。――それと、お前は今すぐ執務室に来るように」



 そして、真っ青な顔で崩れ落ちる義母とイリーナを、氷のような目で見ると、ゆっくりと部屋から出て行った。




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