3.マリア、とんでもない晩餐会に出る

 

(……このドレス、どう見ても、体に合っていないわよね)



 外が暗くなってきた夕方。

 ランプの明かりの下で、マリアは鏡の前で自分の姿をながめていた。

 着ているのは、派手なピンク色のドレス。

 ララが嬉しそうに「今日のお食事の時の服です」と持ってきて着せてくれたものだ。



(見かけは綺麗だけど、このドレス、誰かのお古っぽい)



 繕った跡があるし、腰回りや肩などブカブカで、お世辞にも体に合っているとは言えない。

 もっとマシなドレスはないかしらと、部屋にあるクローゼットを開けたのだが、

 中に入っていたのは、シンプルなブルーグレーのスーツと、地味で見るからに古そうなドレスが6着だけ。

 今着ているピンク色の方が、まだマシだ。


 マリアは意外に思った。



(貴族の令嬢のクローゼットって、華麗なドレスがパンパンに詰まっているものだと思っていたわ)



 そして、合点がいった。

 きっと、この家、見かけより貧乏な家なんだ、と。



(なるほど、そう考えれば辻褄が合うわね)



 貧しい食事も、行き届いていない清掃も、きっと貧乏が故だ。

 立派な馬車や父と兄が着ていた高そうな服は、恐らく見栄を張ったのだろう。



(お貴族様も大変ね)



 鏡の前で納得していると、ララが呼びにきた。



「お嬢様、お食事の時間でございます」

「……ええ、分かったわ」



 これは食事の内容に期待しない方が良いわね、と思いながら、部屋を出ようとするマリアを、ララが潤んだ目で見た。



「申し訳ございません、お嬢様。今日も防げませんでした」

「え? ……ええ、分かったわ」



 暗い表情のララのあとについて立派な廊下を歩きながら、マリアは首を傾げた。

 なぜララに謝られたのか、全く分からない。


 この晩餐会に何かあるのかしらと、チラリと「晩餐会」について記憶を探ったところ、

 王宮で働いている父と兄はとても忙しく、2週間に1回戻ってくるだけで、その際に家族そろって夕食を摂ることを「晩餐会」と言っているらしかった。


 父親が厳しい人なのかしらと思いながら、マリアは気を引き締めた。



(今回、私のするべきことは、バレないことと、下手なことはしゃべらず、無難に食事会を終わらせること)



 余計なことはせず、無難にご飯を楽しもう。


 そう考えながら、二階から一階の階段を下りる。

 そして、食堂らしき広い部屋に入って、マリアは目を丸くした。



(すごい! 豪華!)



 広い部屋には高そうな調度品が置かれ、

 長いテーブルの上には、細かい細工が美しいロウソク立てが並んでいる。

 テーブルクロスも見事で、部屋の全ての物が見たことがないほど高そうだ。


 そして、その長テーブルには、5人の人物が座っていた。


 正面の席に父親、その右側に兄のクリストファー。

 父の左側には、豪華なドレスを身に纏った中年の女性と、ピンク色のふわふわ髪をした同じ年くらいの可愛らしいピンクのドレスを着た娘が並んで座っている。


 マリアが思わずぼうっと立っていると、

 中年女性が顔を顰めて鋭い声を出した。



「シャーロット、また遅れて! お父様を待たせるなんて、何様のつもりですか!」

「お母さまあ、いつものことですもの、そう怒らないで差し上げてください」



 意地悪そうにクスクスと笑うピンク色の髪の娘。


 マリアは内心眉を顰めた。



(何この2人、すっごい感じ悪いんだけど)



 そして、一体誰なのかしらとシャーロットの記憶を探り、

 それが2年前に母が死んですぐに父が連れてきた、義母と義妹のイリーナだと認識した瞬間、

 彼女の体が、いきなり小刻みに震えだした。



(え? 何?)



 初めてのことに戸惑うマリア。

 訳が分からないものの、とりあえず誘導された兄の隣の椅子に座る。


 すると、ずっと黙っていた父親が無表情に口を開いた。



「始めよう」



 その言葉を合図に、料理人たちが一斉に料理を運んでくる。

 目の前に置かれたのは、小さな料理がいっぱい並んだ大皿だ。



(お~、さすがは豪華ね。前菜かしら)



 そして、隣の兄の皿を何気なく見て、彼女は首をかしげた。



(あれ、何かむこうの方が美味しそう)



 料理の彩りも盛り付けも、兄の皿の方が、量が多いし美味しそうに見える。



(もしかして、病気だからって加減してくれているのかしら)



 気にしなくていいのにと思いながら、

 マリアはなるべく上品に見えるように、ゆっくりと食べ始めた。



(ふーむ、どれも悪くないけど、塩辛いわね。あとスパイスを使い過ぎだわ)



 次に運ばれてきたスープも量が少なく、塩辛い。

 ちらりと兄を見ると、「今日は特に美味しいですね」と笑顔でスプーンを動かしている。



(お貴族様の間では、こういう塩辛い料理が流行っているのかしら)



 そう思って何とか食べようとはするものの、とても食べ進められない。

 彼女は、諦めてフォークを置くと、もそもそと唯一塩辛くないパンを食べ始めた。



(はあ、ディック父さんの料理が食べたいなあ……)



 そんなことを思いながら、内心ため息をついていると、

 兄が思い出したように口を開いた。



「そういえば、王宮でバーナム先生から、シャーロットが倒れたって聞いたんだけど、シャーロット、大丈夫かい?」



 すると、マリアが口を開く前に、

 斜向かいに座っていた義母が、「黙れ」とでもいうように、ギロリとマリアを睨みつけると、にこやかに口を開いた。



「ええ、大丈夫ですわ。単なる軽い夏風邪なのに先生を呼ぶなんて、あのララとかいうメイド、本当に大袈裟ですわ」



 え。とマリアは固まった。

 倒れて1日意識不明って、結構大事じゃないだろうか。

 というか、倒れた時点で、絶対に軽い夏風邪なんかじゃない。


 すると、父親がマリアを見て口を開いた。



「先月お前に、叔父上から送られたドレスを送ったはずだが、なぜ着ていない、何か不具合でもあったのか?」



 え、ドレス? とマリアは首をひねった。

 クローゼットにあったのは、古くてボロボロのドレスだけだった。

 プレゼントされたようなものはなかったはずだ。


 すると、またもや義母がにこやかに口を開いた。



「この子ったら、本当に難しくて。気に入らないドレスは着たくないって言うんですもの。本当に我儘で困りますわ」



 義母が、ぺらぺらとシャーロットが、如何に我儘で酷い娘かを話し始めた。


 義妹のイリーナが、その話に、

「そうですのよ」

「お義姉様ったら、私のアクセサリーを取り上げたり、本当に酷くて」

 と、合いの手を入れながら、見下したような視線を送ってくる。


 マリアがそっと周囲を見回すと、

 ララと1人を除く使用人たちが、この状況を楽しむような顔で、あざけりの目でマリアを見ている。


 それらを全く意に介さず、無関心な顔で食事をする父親と兄。



(……なるほど)



 マリアは内心ため息をついた。

 脳裏に蘇るのは、黄泉の川でのシャーロットの言葉。



『放っておいてください! 家族に見捨てられ、婚約者には裏切られ、邪魔になったら毒を盛られる、そんな人生など生きている意味がないのです!』



 マリアはようやく理解した。



(この子、家で酷いいじめを受けていたんだ)



 部屋が汚いのも、食事が貧しいのも、気を遣っていた訳ではなく、嫌がらせを受けていたのだ。

 唯一の味方はメイドのララだが、メイドの立場では限界があるのだろう。


 義母と義妹イリーナの記憶を探った時に手が震えたのは、きっと恐怖からだ。


 義母とイリーナの耳障りな声を聞きながら、彼女は膝の上で手をギュッと握り締めた。


 思い出すのは、16歳の時に、会計でうっかり間違いをしてしまい、

 質の悪い客に絡まれてしまったときのことだ。


 その男を殴って助けてくれたディックや他の宿泊客は、

 ごめんなさいと謝るマリアに笑顔で言った。



「子どもを守るのが大人の役目だ、気にするな」



 マリアは思った。

 この子はまだ16歳の子どもで、大人に守られるべき存在だ。

 それなのに、この家の大人たちは、寄ってたかって虐げ、

 彼女が自ら死を望むまで追い詰めた。



(許せない! こいつら何なのよ!)



 腹の底から湧いてくるのは、激しい怒り。



(作戦変更よ。誰もこの子を守らないのならば、わたしが守る!)



 彼女は、躊躇することなく、シャーロットの記憶を探り始めた。

 義母と義妹について、今回の件について、家族の関係についてなど、ありとあらゆる情報を探る。


 そして、言うべきことと今後について考えをまとめると、

 ぺらぺらとしゃべる義母を遮るように、口を開いた。



「……お父様、大切な話があるのですが、よろしいでしょうか」




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