第34話

 マオルはエディスが落ち着くと、ダニエルの仇討ちを考えるようになった。金のためにダニエルを襲い、殺した犯人たち。幸いにもマオルはその顔と臭いを覚えている。そんな折、クリムトから話があると呼び出された。

「マオル、マフィアからダニエルを殺した三人を引き渡すと連絡があった。解放軍の代表として引き取りに行ってくれないか?」

 唐突な話にマオルは少しうろたえた。ザスートは貧富の差が激しいからマフィアのような存在が居ても不思議はない。だが、なぜそのマフィアが解放軍に協力してくるのか。そしてなぜマオルが引き取りに行くという話になるのか。引っかかる点がいくつかある。マオルがそれを問おうとする前にクリムトから話しだした。

「簡単な話だよ、マフィアだって一枚岩じゃない。少しの金のために解放軍を敵に回すのは得策じゃないと考えたんだろう」

「俺ガ呼バレタノハ?」

「わからん。何故かマオルを名指ししてきた。それは相手に直接聞いてくれ」

 マオルの問いにクリムトが答える。最近はマオルもザスートで覆面レスラーとして名が売れてきた。もちろん解放軍の人間であることも周知されている。マフィアがマオルを名指ししてきたということはそれだけ有名になったということだろう。

 しかし、問題はエディスのことである。ダニエルが死んでからエディスはマオルから離れようとしない。

「エディスも連れて行くなら護衛を何人かつけよう。相手は普通の人間だし大丈夫だろ」

 マオルは、クリムトの言葉に仕方なく頷く。罠だとしても兵士が数人いれば時間稼ぎにはなる。マオルはエディスを守ることに専念すればいい。普通の人間相手に守るだけなら自信はある。それに兵士がいれば道に迷うこともないだろう。

「ワカッタ、行ッテクル」

 マオルはそう答えると、エディスと兵士を三人連れて問題のマフィアのアジトへと向かうのだった。


 マオルがマフィアのアジトにつくと、若い男たち二人が出迎えた。アジトはスラム街の外れ、古くて使われなくなった工場跡地にあった。先導する若い男たち二人に兵士二人がピッタリとくっついて警戒して進む。マオルの後ろにも兵士一人を配置して、奇襲にも備える。マオルはこの場には場違いなエディスと手を繋いで工場の中へと進む。

 工場の中を進んでいくと、きれいに掃除された一室に通された。そこには水道が引かれ、ソファーやベッドが並んで置かれている。そのソファーに座っているのは歳の頃五十代くらいの髭面の男だった。

 マフィアのアジトと言う割にはセキュリティはそんなに強くなさそうだ。

「よく来てくれたマオル。まあかけてくれ」

 男はマオルたちを確認すると、対面のソファーに座るように促す。マオルはエディスを連れてソファーに座り、兵士三人はマオルとエディスを守るように背後に立つ。

「アラン・ブラックローズだ、よろしく頼む」

「まおる・くぉ。犯人タチハドコダ?」

「まあそう慌てるな。どうだい、酒でも一杯呑まないか」

 マフィアの首領、アランが名乗って合図をすると、マオルの前に酒の入ったショットグラスが、エディスの前にはジュースの入ったグラスが置かれた。肉弾戦なら怪我をしても回復する自信があるが、毒はどうだろう? マオルは自分に毒に対しての耐性があるのかどうかわからない。もし酒の中に毒が盛られていたら……。マオルはともかくエディスは大変なことになる。

「毒を警戒してるのか? そんなもの英雄神様なら臭いでわかるはずだ」

 アランはそう言ってマオルに酒を勧めてくる。たしかにマオルなら臭いに敏感だ。毒が入っているかどうかくらいわかりそうである。実際、ショットグラスから妙な臭いはしない。マオルは意を決すると、注がれた酒を一口ぺろりと舐めてみた。味にも違和感はない、飲んでも大丈夫なようだ。

「まおる、のんでもいい?」

「イイゾ」

 マオルは自分のショットグラスに毒が入ってないことを確認してから、エディスに飲んでもいいと許可を出す。エディスは普段飲めないジュースを前にはしゃいで、一気に飲み干してしまった。空になったエディスのグラスにまたジュースが注がれる。

「信用してもらえたようで何よりだ。さて本題に入ろう、やつらを連れてこい」

 アランが部下に命じると、ロープで後ろ手に縛られた三人の男たちが連れてこられた。一人はマオルに折られた腕にギプスをはめている。三人は突き飛ばされてソファーのすぐ横にひざまづくように倒れる。

「た、助けてくれぇ……」

「殺すつもりなんてなかったんだ!」

 男たちは口々に助命を嘆願する。マオルはそれを冷たい目で見る。殺すのは簡単だが、果たしてそれが正解だろうか。エディスが見ているということもある、ここは連れ帰って司法に任せるのが最善だろう。

「こいつらは俺たちの組織に危機をもたらした。人気者のダニエルを殺せば解放軍が動きかねない。だから引き渡す、好きに処分してくれて構わない」

 アランも三人を汚いものを見るような目で見ながら淡々と説明する。いくらザスートが解放軍に占領されたばかりで混乱しているとは言え、マフィアを放置して置くわけには行かない。ダニエルの死をきっかけにして、治安維持を名目に解放軍がスラム街にやって来る可能性もある。

「それに、俺はアンタのファンになったんだ。アンタが熊頭のロックと闘った時、俺はビルに隠れて見ていた。男が何かを賭けて一対一で闘う……いいねぇ、ゾクゾクしたよ」

「ソレデドウスルツモリダ?」

 焦れったくなったマオルが先を促す。

「俺たち一同、ブラックローズ一派三百人。マオルを司令官として軍隊として働きたい。もちろん下心はありありだがね」

 アランが隠し事をせずに話し始めた。マフィアは動乱のときこそ稼ぎどきではあるが、今は解放軍がリークス島の南半分を支配してしまった。勢いを考えると共和国軍よりも解放軍に分がある。

 戦後のことを考えた時、マフィアとして犯罪スレスレの行為を続けるのは得策とは言えない。ならばいっそ解放軍に入って戦後の政治に関わる道を模索したほうが良い。ただ、普通の軍隊として動くには訓練が足りない。

 だから、いつも一人で闘ってきたマオルのもとにつこうと考えたのである。

「俺ハ、軍事ニツイテ素人ダゾ?」

「俺が勉強するさ、なにせ俺たちの利益のために解放軍につこうってんだからな。英雄神が指揮官なら士気も上がる。どうかな?」

(なるほどそれで俺を名指しで呼び出したのか……どうしたもんだか)

 正直言って、マオルは配下を持つつもりなどなかった。さらに重荷が増えるだけだ。だがマフィアをこのまま放置しておくのも得策とは言えない。名前だけの司令官になって実権はクリムトに丸投げするのでもいいだろう。

 それにマフィアを支配下においたとなれば、さらに名が売れるのは確定だ。マオルの目的を考えた場合受け入れるのもいいだろう。普段はエディスの護衛としても使えるし、餅は餅屋として他のマフィア相手に治安維持に当たらせるのも良い。

 先日、クリムトに言われた言葉を思い出す。いくら強くても一人で守れるものには限度がある。

「イイダロウ。ソノ提案、乗ッテヤロウ」

「そう来なくっちゃ。よし、野郎ども、今後はマオルを上官として仰げ! 俺はその補佐をする!」

「「おおーっ!」」

 アランの言葉に、その場に居たアランの配下たちが雄叫びを上げる。その直ぐ側で、マオルに引き渡された三人組は青い顔をして震えるしかなかった。

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