第33話
ダニエルの葬儀の日。折悪しくその日は土砂降りの雨だった。まるで天までがダニエルの死を悲しんでいるようだ。参列する人々は皆傘を差している。
格闘技の興行で何度も勝利し英雄視されていたダニエルの葬儀は大々的に行われることになった。もちろん解放軍のプロパガンダ的な意味合いもある。ダニエルの棺は彫刻も入った豪華なものが用意され、特別にリング上に安置された。その日はすべての試合が中止され、観客たちや、クリムト配下の兵士たちも揃ってダニエルの喪に服す。
解放軍に貢献してくれればこれだけの恩恵が与えられると宣伝するのだ。マオルは複雑な気持ちでそれを見ていた。ダニエルの死を利用するのは気が進まない。しかし今後、エディスがマオルの庇護のもとに暮らすことを考えれば解放軍の援助は不可欠である。断れるはずもなかった。利用できるものは利用するという辺り、クリムトはドライである。
「とーちゃん……うえええーん」
エディスはダニエルの死からずっと泣き通しである。マオルもなんとか慰めようとするのだが、六歳児を慰める方法がわからない。撫でても抱きしめてもエディスはただ泣き続けるだけだ。
唯一泣いてないのは眠るときだけ。食事も喉を通らないらしく、牛乳などで誤魔化しながらしのいでいる状態だ。
(こんな時シーラがいてくれれば……いやそれは考えないことにしよう)
マオルはエディスを慰めながら、浮かんできた考えを振り払うように首を振る。シーラの反対を振り切ってマニ村を出てきたのだ。都合の良いときだけ頼ろうとする思考は控えなくてはならないと考える。
ダニエルの棺がリング上から運び出される時間が来た。マオルは泣くエディスと手をつなぎながらそれを見守る。それまでダニエルと闘ってきた男たちが棺を持ち上げてリングの端に用意された階段を使って棺を運んでいく。マオルとエディスはその後に続く。
「生前、良き兵士として、そして強いレスラーとして闘ってきたダニエル・クラークに捧げ銃!」
クリムトが号令をかけると兵士たちが銃を両手で正面に持ち捧げるように持ち上げた。軍隊の最上級の敬礼である。マオルは知らなかったが、ダニエルは妻を失い、病気で戦列を離れるまでは解放軍でさんざん活躍した人物だったらしい。傭兵ではあったが、その忠誠心は本物で何があっても解放軍を裏切るようなことはなかった。傭兵集団の頂点に立って指揮してきたのだった。
そんな人物だからこそ、葬儀そのものがプロパガンダになるのだ。兵士たちの士気を挙げられる上に、ザスートの民衆の心をつかむこともできる。そうすれば志願兵も増えるだろう。
また、葬儀は生きている人間のためにやるとも言う。特に泣きっぱなしのエディスにとっては大事な儀式だ。葬儀で泣いて泣いて泣きまくって、そして自分の心の平衡を保つのだ。ちゃんと別れを言えなくて一生悔やむ例もある。
棺を担ぐ男たちとそれを追う参列者たちが街外れの墓場にたどり着くのにそう時間はかからなかった。街中を通って人々の視線を感じながら、墓場に入る。そこにはすでに棺を納めるための深い穴が空いていた。棺はゆっくりとその穴に降ろされる。
「……とーちゃん、とーちゃぁん……!」
エディスが棺に縋りつこうとするのをマオルが手を引いて抑える。棺はすでに深い穴の中だ、しかも雨が降っている。エディスが穴の中に落ちて怪我でもしたら大変である。マオルはエディスを抱えあげると、慰めるように抱きしめる。
マオルは言葉がない。マオルがもう少しうまく立ち回れば、ダニエルは病魔に侵された身であっても、もう少し長生きできたかも知れない。
「俺ハ、マタ守レナカッタ……」
「いくら強くても、全部一人で何とかできるなんて思うな。それは傲慢だぞ」
聞き咎めたクリムトがマオルに向かって言う。マオルがいくら強くても、英雄神などと呼ばれていても、しょせんは一人である。なにもかもを背負って抱えていけるわけがないのだ。だからこそクリムトがいる。手伝ってくれる兵士たちがいる。時には頼ることも大切だ。
「それよりエディスを守ることを考えろ。ノートからも卒業する時期かもな」
「のーと……?」
「エディスはまだ字が読めないだろう? ちゃんと自分の口で話しかけてやれ……」
言われてみればそのとおりだった。エディスは字が読めない、だからノートを使った文章でのやり取りができないのである。それに文章でのやり取りにはメリットもあるが、当然デメリットも有る。
感情がうまく伝わらなかったり、誤解が生まれたりすることもある。マオルもだいぶん喋れるようになってきた。これからは口頭で物事を伝えるようにして、喋ることに慣れる必要があるのだ。
「ワカッタ、努力シヨウ……」
マオルはそう言うと傘で濡れないようにしていたノートをズボンの後ろポケットに無造作に突っ込んだ。
そんなやり取りをしていると、ダニエルの棺に花束が投げられた。エディスも兵士から花束を受け取ると、父親に向かって花を手向ける。そしてショベルで最初の土が掛けられた。ザクザクと穴に土を入れて棺を埋めていく。エディスは泣きながらも、その光景を目に焼き付けるようにじっと見つめている。
「……とーちゃん、てんごくでかーちゃんにあえるかなあ?」
「会エルサ、キット」
エディスの言葉にマオルがエディスの頭を撫でながら応える。天国なんて場所があるのかどうかはわからない。でもエディスがそう信じることで楽になるのなら、それを否定するべきではないだろう。
またもやマオルは重荷を背負うことになった。しかしマオルはそれを重荷とは思っていない。記憶もなければ行くあてもない自分が生きる意味。シーラやエディスはそう言うものだと思っている。
マオルはまた守るものが増えたなと思いつつ、ダニエルを静かに見送るのだった。
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