第28話
祭りから数日、マオルはマニ村を離れてザスートへとやって来ていた。以前、戦いに来たときとは打って変わって人でごった返している。あの時、どこにこれだけの人間が隠れていたのか不思議である。マオルはあまりの人の多さに酔ってしまって頭痛がしてくる。
内戦の続く国だから外国人は少ないかと思いきや、意外と外国人も多くて無遠慮に覆面をしたマオルのことをジロジロと見つめてくる。いくら人が多くてもさすがにマオルの覆面姿は目立つ。
(見世物みたいで嫌だな……さっさとクリムトさんを探そう)
クリムトを探すために、まずは解放軍の兵士を探す。しかしザスートの人口は多い。炭鉱で発展し、雑多な町並みを形成したザスートで兵士だけを探すのは難しかった。周辺部はトタンやベニヤ板で作られた雨風だけを防ぐ小屋ばかり。
歩き進めるとだんだん普通の木造建築が増え、中心部に向かえば向かうほどコンクリート製のビルなどが見えてくる。
マオルは完全にお上りさん状態でキョロキョロとあたりを見回しながら歩を進める。建物がそうであるように、街行く人々も中心部に向かうにつれて身なりが良くなってくる。だが車の数は極端に少ない。時折バスかトラックが走っていくだけで、ほかの乗り物は自転車や原付きバイクが多かった。
そうこうするうちに、いつの間にかマオルはとある大きな交差点へとたどり着いた。そこは特に人が多く、熱狂した人々がある一点だけを見つめている。
なんと、交差点の中央にプロレスやボクシングで使われるような本格的なリングが設えられていたのだ。そのリングの上には上半身裸の男が二人立っており、組み合い、あるいは殴り合って戦っていた。
「おらーっ、行け! お前に賭けてんだ、負けるんじゃないぞ!」
「おいおい、そんな技にかかるんじゃねーよ!」
(ここは……これが賭けプロレスか)
リングに注目しながら声援を送る男たちを見て、マオルは人混み酔いも忘れて呆然と立ち尽くす。そこには人と人の戦いを楽しみ、あるいは賭けをして楽しむ民衆の姿があった。カメラこそ入っていないものの、実況席まであって本格的に格闘を楽しんでいるようだ。ひょっとしたらラジオなんかでは放送されているのかも知れない。
「なかなか面白い見世物だろ」
マオルは肩を叩かれて振り返る。いつの間にか背後に立っていたのはクリムトだった。こんな至近距離に来るまで気が付かないとは、あまりの人の多さにマオルの動物的嗅覚も鈍っていたのかも知れない。
「良く来たなマオル。とりあえずついて来てくれ」
マオルは言われるまま、クリムトのあとについていく。入っていくのはリングが設えられている直ぐそばのビルだった。どうやらビルの二階、三階もリング上での闘いを見物するための場所として開放されているようだ。
マオルが案内されたのは一階の奥の部屋だった。数人の兵士が守りにつき、厳重に警戒されているようだ。
「座ってくれ、『目立つ仕事』ってのを説明するよ」
案内されてマオルは部屋の中のソファーに腰掛ける。クリムトの付き人らしき女性がお茶を運んできた。マニ村と違ってザスートではお茶も手軽に手に入るようだ。対面にクリムトが座ると覆面を脱いでお茶を飲むように勧めてくる。
「簡単な話さ、マオルはレスラーとしてあのリングの上で戦ってくれればいい。目立つしファイトマネーも手に入る」
『ルールは?』
「金的や目潰し攻撃禁止の一本勝負。相手が戦意喪失したら勝ち、万が一殺しても罪には問わない」
ほとんどルール無用の総合格闘技、それがクリムトの言うルールだった。打撃投げ寝技なんでもあり。たしかにこれならマオルの出稼ぎの条件である『目立つ』ことが十二分にできるし、ファイトマネーというのも元手がいらず体一つで稼ぐことができて魅力的である。
マオルが目立つことができれば共和国軍の目はマニ村からザスートに向く。しかも衆人環視のリングの上だから兵士を送り込んで卑怯な手を取ることは憚られるだろう。いくら共和国軍が残忍非道の軍隊とは言え、民衆を敵に回せば統治できるものもできなくなる。
『条件はそれだけか?』
「いやまあ……言いにくいんだが、専属レスラーとして八百長にも協力して欲しい」
クリムトが言いづらそうに答える。マオルは強い、普通の人間相手ならまず遅れを取ることはないだろう。殴られようが投げられようが普通の人間の技の威力ならまずダメージを受けない。
そこで八百長という話が出てくる。マオルが勝つのは簡単だがそれでは試合が盛り上がらない。
「ここでは賭け事もしてる。胴元はもちろん解放軍だ、だからマオルだけが勝つのでは旨味がないんだ」
クリムトがお茶をすすりながら話す。賭け事の収益は解放軍を維持するために使われる、いわば軍費である。儲けられなければ意味がない。マオルだけが勝ち進むとマオル以外に賭ける客がいなくなる。それは解放軍としては避けたいところなのが実情だ。
「もちろん、ちゃんと目立てるように勝てる試合もセッティングする。できれば殺さないように手加減はしてほしいが……どうかな?」
試合を主催している解放軍としては、レスラーが減るのも避けたい。試合で人が死にすぎるとレスラーのなり手がいなくなるということも考えられる。マオルが本気で人を殴れば一撃で死んでしまう。できればそれも避けたい。
マオルにとっては色々と条件付きでの参加になってしまう。とは言え、最近はずっと手加減の練習をしてきたことだし、目立てるならばマオルに否やはない。
『それで構わない。八百長にも協力しよう』
村のためシーラのためを思って、マオルは了承する。死も覚悟してのファイトマネーと言うくらいだからそこそこの金額は稼げるのだろう。それに八百長に協力するならその分の上乗せも期待できる。村に送金できる金額は多ければ多いほど良い。
「助かるよ、さっそく試合をセッティングするとしよう。あとザスートで暮らすならこのビルに部屋を用意するからそこで寝起きしてくれ」
「アリガトウ」
マオルはクリムトが便宜を図ってくれるのに頭を下げて礼を言う。こうしてマオルのザスートでの出稼ぎ生活が始まるのだった。
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