第26話
マオルとシーラの怪我が落ち着いた頃、クリムトが訪ねてきた。マオルはクリムトに相談したいことがあったのでちょうどよかった。
「ふたりとも怪我は大丈夫かい?」
「はい、もうすっかり良くなりました」
クリムトの問いにシーラが答える。本当はまだ傷が引き攣って痛いはずだが、シーラはそんなことはおくびにも出さない。もちろんクリムトもシーラが強がっているのは気がついている。
とりあえずクリムトには座ってもらい、いつもどおりに白湯を出す。
「それにしても……マオルの回復力はすごいな、ひどい怪我だと聞いていたのに」
クリムトがマオルを見ながら言う。マオルの身体には重症を負ったような気配すらない。手足の骨が砕けていたというのに後遺症も一切ないのだ。普通の人間からしてみれば驚異以外の何物でもない。
「それで、アキラという男について聞きたいんだが……殺せなかったんだろう?」
『超能力を使う少年だった。念力と転移は確認している』
クリムトの問いかけに、マオルがノートに字を書いて答える。戦いの中ではサイコキネシスとテレポートしか確認できなかった。もしかしたら透視やテレパシーと言った能力もあるのかも知れないがその辺は定かではない。
今まで戦ってきた獣頭人身とは全く違う能力に、クリムトも困惑しているようだ。敵の種類が増えれば当然対処方法も増える。敵の情報は重要だ。
「超能力ね……また厄介なのが出てきたな、ダメージは与えたんだろう?」
『……左腕を食いちぎった。でもマージェリーが一緒だったから死んではいないと思う』
マオルがまたスラスラとノートに文字を書く。マオルには靄がかかったような記憶しかないが、左腕の肘から先を食いちぎったのははっきりと覚えている。あの血の味を思い出してマオルは首を左右に振る。
またやってしまったという後悔の念に苛まれる。人を喰わないという誓いもマオルの獣の心には意味がないようだ。
「ふむ……まあ撃退できたようだから良しとしよう。問題は敵の狙いがマオルだったことだ」
クリムトが深刻な表情で言った。マオルが狙いということは今後もマニ村が狙われる可能性が大きいということだ。一国の軍隊が一度失敗したくらいで諦めるとは思えない。
アキラ一人で足りなかったと思えば、次はもっと大量に能力者や獣頭人身を送り込んでくることも考えられる。あのとき熊頭のロックが手出ししなかったのはアキラたちが人質を取って慢心していたからに他ならない。
もしあのときロックまでが戦闘に加わっていればマオルがキレる前に決着がついていただろう。
『それについて少し考えることがある。ザスートで目立てる仕事はないか?』
マオルがクリムトに聞く。ザスートで目立つことができれば、共和国軍の目もザスートに向く。自然とマニ村は平和になるという寸法だ。
「マージェリーとの闘いを参考にして街の中心部で賭けプロレスの興行を行ってる。そこなら目立つこともできるが……出稼ぎにでも来るのか?」
『そのつもりだ』
クリムトの問いかけにマオルははっきりと答えた。そばでやり取りを見ていたシーラの顔色が変わる。
「私も連れて行ってくれますか?」
『駄目だ』
「嫌です、連れて行ってください!」
「だめダ!」
不安そうに聞くシーラに、マオルが間髪入れずに答えた。マオルがいるせいでシーラは人質になり、大怪我まで負った。同じことを繰り返したくはない。
シーラも自分が足を引っ張ったという負い目があるのか、マオルの有無を言わせない迫力に怖気づいたのか、涙目で頷くだけでそれ以上追求しようとはしなかった。
「二人とも落ち着けよ……マオルはちゃんとシーラと話をするべきだ。その上で来るなら受け入れる」
クリムトの言葉に頷くマオルとシーラ。マオルの出稼ぎについては話を出すのが唐突すぎた。まだまだ対話が必要なようだ。幸いなことに、マオルは祭りの後に出稼ぎに行こうと思っていたので数ヶ月の時間はある。
「ちゃんとじっくり話し合うんだぞ、いいな?」
クリムトはそう言うと、マオルとシーラをじっと見つめてから小屋を出ていった。
━◆◇━◆◇━◆◇━
その夜。マオルはクリムトの提案通りにシーラと話し合うことにした。出稼ぎに行くのは数カ月先とは言え、嫌なことは早く終わらせたいからだ。
『俺は出稼ぎに行く。この村にも必要なことだ、村には金がいる』
マオルがそう切り出す。いま村には金が無い。薬や点滴もただじゃない、シーラの治療のためにずいぶんと出費した。出稼ぎに出ている村の男達の収入一年分でも足りないだろう。
その出費の穴埋めをしなくてはならない。シーラにそれだけの金を稼ぎ出す能力があるかと聞かれれば答えはノーだ。ならば夫たるマオルが稼ぎに出るしかない。
「でも……離れるのは嫌です……」
『この間のことで思い知った。俺にはシーラを守りながら戦うなんて器用な真似はできない。俺一人ならなんとでもなる、だから留守番していてくれ』
涙目で拒否するシーラにマオルは諭すように語りかける。シーラと暮らして一年半、マオルにもシーラに対する情というものがある。自分がシーラに惚れているという自覚がある。
だからこそここでシーラのわがままを受け入れるわけには行かなかった。マオルはザスートで目立つことで自分を餌にして、敵をおびき寄せようとしている。戦いは避けられないだろう、そこにシーラを巻き込みたくはない。
『歩いて片道二日、車なら数時間だ。そんなに遠くに行くわけじゃない』
マオルは嘘をついていた。暗にいつでも会えると示唆するが、一度行ったら区切りがつくまで会うつもりはない。アキラだって生きているはず、シーラが敵の手に落ちる可能性はなるべく排除したい。
「帰ってくるって約束してくれますか? 私のことを忘れないって約束してください……」
『約束する。マオルは必ず妻のもとに帰る、決して忘れたりなんてしない』
「約束ですよ、破ったらひどいんですからね……」
マオルは守れるかどうかもわからない約束をすることにした。どうせ約束が破られるときはマオルが死んだときだ。それでシーラが安心して留守番してくれるならそれでいい。
シーラがマオルに抱きついて泣き始める。シーラにとってマオルは両親を失ってからできた家族だ。その家族が離れていこうとしているのだから平常心でいられるはずがない。
結局その日、シーラを納得させることには成功したが、シーラが泣きつかれて眠るまでマオルはシーラの背中を撫で続けたのだった。
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