第23話

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 マオルが叫ぶのとアキラが動くのはほぼ同時だった。アキラから放たれた念力がマオルを襲う。しかしキレたマオルの身体能力は異常だった、体中の骨が折れていても素早さは健在だった。マオルの身体に不思議なエネルギーが満ちている。

 アキラの念力はギリギリのところでかわされてしまう。兵士たちもただ見ているだけではなく、アサルトライフルでマオルを狙い撃つ。しかしマオルはその弾丸をことごとく跳ね返す。

 後方の二人の兵士は再びロケットランチャーを撃つ。しかしロケット弾はまたマオルにはたき落とされ、地面にぶつかって爆発した。マオルは炎と煙を背にゆらりと立ち、一気に後方の兵士へと迫るとその首を跳ね飛ばした。

「全身の骨を砕かれてまだ戦えるなんて化け物だ……」

 アキラは唯一人、自分だけを念力のシールドで守っている。マージェリーとロックは突然の出来事に立ちすくんだままだ。

 マオルは完全に我を忘れていた。野生全開で戦っていた。次はアサルトライフルを構える兵士五人が犠牲になった。あっさりと首をはねられて倒れる兵士たち。

「グルルル、グオアアッ!」

 マオルはひときわ高く叫ぶと、アキラへと突っ込んでいく。マオルは体の奥から湧いてくる不思議な力に突き動かされていた。

「こりゃやばい、逃げるよロック!」

 意に沿わないことをさせられていたマージェリーの判断は早かった。ロックと一緒にジープに乗ると反転して逃げ出す。マオルはそちらには目もくれず、ただひたすら憎いアキラを追い詰める。

「くっ、ふざけんな!」

 アキラは念力でマオルを押し留めようとする。叩き、殴り、切り裂き、押しつぶす。それでもマオルの勢いは殺せない。傷を負い、血を撒き散らしながらもアキラの放つシールドに取り付くマオル。

 マオルはシールドを何度も何度も殴る、殴る。拳の皮膚が破れてシールドの表面に自分の血が飛び散っても意に介さない。アキラはそれを見て恐れた。恐怖心が芽生えてしまった。

 意識の具現化である超能力は使用者の心の強さに比例して強くなる。逆に恐怖心を抱くということはその力が弱まるということだ。マオルはその大きな隙に付け込んだ。

 念力のシールドに腕を突っ込んで無理やりこじ開ける。理屈などなにもない、ただ力だけがこの空間を支配する。アキラはいつの間にか自分の足が震えていることに気がついた。

「ひいいいっ」

 逃げ出そうとマオルに背を向けるアキラだが、その行動は遅きに失した。マオルの牙がアキラの左腕を捉える。

「ぎゃあああっ、ぼ、僕の腕ぇっ!」

 マオルはアキラの左腕を噛みちぎると咀嚼し始めた。二度と人は喰わないと誓ったのに、その誓いはあっさりと破られてしまった。骨ごとバリバリと噛み砕き嚥下する。血の匂いと肉の味。恍惚とするような快感がマオルの全身を覆う。これこそが獣の生き方。どうせ怪人呼ばわりされるならそのように振る舞おう。マオルがそう考えたのかどうかは定かではない。

「くそっ、テレポート!」

 アキラは渾身の力を振り絞って自身の身体を転移させる。次の瞬間には逃げ出したマージェリーの運転するジープの荷台に転がっていた。

「逃げろ、マージェリーさん……逃げろ……」

 アキラはうなされたように呟く。言われなくてもマージェリーは逃げる気満々である。あの状態のマオルと戦う気なんてない。ロックをけしかけてもおそらく負けるだろう。

「アキラ、あんた調子に乗りすぎたんだよ……もう少し我慢してな、離れたら止血くらいはしてやるさ」

 マージェリーがアキラの容態を見て言う。左腕の肘から先がなくなっていた。止血さえすれば命に別状はないだろうが、不便な生活を余儀なくされるのは間違いない。

「ぐうぅ……ちくしょう、勝てていたはずなのにどうしてこうなった……怪人はなんで急にキレたんだ!」

「それがわからないうちはマオルには勝てないんじゃないかねぇ……しょせんあんたは子どもだったってことさ」

 誰に言うともなしに呟いたアキラにマージェリーが答えた。


 マオルは残された兵士の死体を貪り食った。腕をちぎり腹を裂き足をねじ切って胃袋の中に収める。どこにそれだけ入るのかと思うほどに喰らい続ける。

そんなマオルに呼びかけるものがあった。

「マオル……無事ですか……」

 シーラの呼びかけにマオルがビクッとする。まるで悪いことをして母親に叱られるのを恐れる子どもみたいな反応だ。マオルは喰っていた兵士の死体を放り投げるとシーラのもとへと駆け寄る。

 シーラは自分の血とマオルの血とで真っ赤に染まっていた。せっかくのアオザイ似の貫頭衣もズタボロで泥にまみれている。

「良かった……無事なんですね……」

 か細い声でそう言うシーラ。自身も出血多量で死に瀕しているというのに心配するのはマオルのことだ。そのマオルの目に、シーラの指先が映った。そこには指輪がはめられている。結婚した記念にとシーラが商人から買ったおそろいの指輪。それを見た瞬間、マオルの意識が急速に呼び覚まされていく。

「しーら……?」

「……マオル……村を守ってくださいね……」

 その言葉で完全にマオルの瞳に光が戻った。シーラを抱きかかえるマオル。背中の傷は大きくて深いが、幸いなことに動脈は外れているようだ。骨にも以上はなさそうである。

(俺はまた……いや考えるのはあとだ、今はシーラを助けないと!)

 マオルは痛む体を無理矢理奮い立たせると、シーラを持ち上げる。とにかく今はシーラの治療が最優先だ。助かるかどうかはわからない、それでもやれることはすべてやり尽くさなければ駄目だ。

 マオルは自身も重傷なのを気にもせず、シーラを片腕で抱きかかえたまま走り出した。今は村に行くしかない。医者もいないし医療器具もたいしたものはないがそれでも村だけが希望だった。

「少シ、我慢……シテクレ」

 マオルはシーラの髪を撫でてそう告げるとそのまま駆け出した。

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